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アリスドール番外編 (18禁)
アリスドール(番外編)
アリス・ドールEX ~さよならは車窓を眺めながら~
「ねぇ、カズヤ。 ドールの見送り、行かないの?」
「ああ、もう別れは済ませたからな。 オマエの事は、後で下に迎えに行くから。」
「……そう。 じゃ、行って来るね」
********************************************
「とにかく! ボクは絶対に、い・や・だ・か・ら・ね! オトコどうしでセックスなんかできるか!」
相棒がテーブルをドン!と叩いた拍子に、空になったコップが転げ落ちる。
調律師になって初めての仕事。アリス・ドールの調律も日常生活的な部分をすべて終え、後は最終段階であるセックスを実地で教え込むだけになった。だが、相棒にそのことを切り出したとたん、ものすごい剣幕で怒り出して、どうにも手のつけようがない。
まぁ、それも仕方の無いことかもしれない。なにしろ、ヤツとは付き合いの長い親友同士。しかもヤツが言うとおり男同士だったのだから。だがこの仕事を選んだ以上、いつかは通らなければならないステップのひとつだった。いくら初めてとはいっても、女性型ドールの調律には欠かせない。
「いまは女の体だろ。だいたいオマエ、最近性格がとみに女っぽく……ぶわっ」
巨大マクラを投げつけられて、オレはひっくり返った。
「あいたた……。 あのなぁ、これは仕事なんだよ」
「カズヤはヤりたいだけなんだろ? そんなにエッチしたいんなら、ハルカさんとでもすれば!」
「ナニ言ってんだよ。 じゃ、オレとセックスするのがいやなら、誰かほかのやつに代わってもらおうか?」
「なんだってっー!」
「うわっ、やめろ! 物を投げるな。 ぐえっ! グーでパンチも止めろ。 悪かった、もう言わない。 だから止めてくれ」
「はぁ、はぁ、はぁ……」
「なぁ、オマエだってわかってんだろ?」
「……わかってるよ! だけど……、できないよ。 やっぱりボクこの仕事向いてない。 辞める!」
「いまさらそんな事いったってなぁ……」
「じゃあこうして。 カズヤの調律がすむまで、ボクはこの体とのリンクを切る。 ずっと眠っているからその間に済ませて。」
「それじゃ調律する意味が……」
「今までの調律で大体の所はすんでいるでしょ? サブシステムも使ってこのドールの人工脳を起ち上げてさ、擬似人格を目覚めさせるの。 それですればいいじゃん。 終わったら起こして」
「わがままなヤツ。 っていうかまぁ、それもアリかな。 やってる間に、オレの大事なナニを食いちぎられでもしたら、たまらんからな」
「そしたら、ボクと代わってあげるよ」
「あのなぁ……。 でもいいのか? 擬似人格といっても、オマエの人格の影響を受けている、いわば分身みたいなもんだぞ?」
「別に。 ボク自身がするわけじゃないからいいもん。 どうせ出荷する時には、また同じことだし。 あ、でも、ボクが目覚めるのと同時に、擬似人格の記憶は消えるようにしておいてね。 動作反応とか感情パターンだけ残しておけばいいんでしょ?」
「ちょーわがまま。 ま、いいか。 で、オマエを起こすコマンドはどうするんだよ。」
「そうだなぁ。 キーワード、なんてどう?」
「キーワード?」
「そう、ボクの名前を呼んで。 この研究所で、ボクの本当の名前を知っているのは所長とカズヤだけだし。 ほかの誰も、呼ぶことなんて無いだろうからさ……」
相棒の表情がちょっとだけ曇る。そう、ヤツの名前はここでは呼ぶことができない。調律中のドールに勝手な固有名詞をつけると、出荷後に別の主人を持った時に良くない影響をあたえるからだ。唯一シリーズ名である“アリス”とだけは呼んでいいことになっているが、それは固有名詞じゃない。相棒がどのドール体になっても“アリス”。だけどそれはヤツの名前じゃない。
**************************************
「ここは……どこですか? 私は……?」
「起動には成功したみたいだな。 オレの名前はカズヤ、ここは研究所の中だ」
「カズヤさん……?」
「そう、キミの……エート、そう、ご主人様だ」
「ご主人様……?」
「わかる? 会話バンクへのアクセスはできるはずなんだが」
「ご主人様、はじめまして、私は……私は?私の名前は何でしょうか?」
「名前……、あーそうか。 困ったな、名前かぁ……。 そう、キミの名前は“アリス”だ」
空ろだった彼女の表情が、ぱあっと明るくなった。
「アリス……。 ご主人様、はじめまして、アリスです。 よろしくお願いいたします」
ドールは両手を前について正座し、ぴょこんと頭を下げた。うんうん、ちゃんと挨拶もできるじゃないか。
「ご主人様? それで、私は何をすれば良いのでしょうか?」
「あーそうだな……」
いきなりセックスしろとは言いづらいなぁ、肩でも揉んでもらうか?いやいや、あまりにベタだ。お話しましょう、って何を話せばいいんだ? あーどうしたもんか?
「あのー、ご主人様。 よろしいでしょうか?」
「あ? ああ、ごめんごめん。 何?」
「その、まことに恥ずかしいのですが、服を……」
そういや擬似人格の起動準備やら、なにやらで全部脱がせたままだった。すぐに調律始めるつもりでいたからいいやと思ってそのままだったんだが……。 それにしてもシーツで体を隠しながら恥らう乙女ってのは、すごく萌えるなぁ。
「いや、その、準備して無くてね。 でも必要ないんだ、そのなんていうか……」
「でもその、……恥ずかしいのですけれど」
「いや、恥ずかしがることは無い。 僕と君とは恋人同士なのだから、恥ずかしいなんてことは無いぞ」
「恋人同士……?」
「そう、恋人同士」
「でも、わたしオトコですけど」
「はぁ?」
いかん、適当にライブラリを組み込んだから設定がおかしくなってるのか?
「いや、そうじゃなくて、キミは女の子なんだよ。 胸があるだろう?」
「……はい、ありますね」
「……下も、女の子のはずだが」
「……そうみたいですね」
「だから、オレと恋人同士でもおかしくない」
「そうですね。 オトコ同士ですけど」
どうもアイツの人格の影響が強すぎるらしい。
「その設定、じゃなかった、記憶は間違いなんだ。 キミは女の子。 記憶して」
「はい、私は女の子です」
「そう、だからね……」
「恋人同士、なんですよね?」
そういってドールはにっこりと微笑んだ。
なんてかわいいんだ!中身がアイツじゃないってだけで、こんなに違うものなんだろうか?
「あの……、ご主人様?」
「ああ、ご主人様ってのはやっぱナシ。 カズヤって呼んでくれ。 人として間違いを犯しそうだから」
「カズヤ、さま」
「まだ硬いな」
「カズヤ さん?」
「まぁ、そんなかんじかなぁ、何? うわっ!うむむ……」
ドールはいきなり抱きついてきてキスをした。
「恋人同士は、キスをするんですよね? 私の記憶ではそうなってますけど。 ……間違ってましたか?」
「……い、いや、ま、間違ってはいない。 ずいぶん積極的なんだな、アイツとはえらい違い……」
「アイツって、誰ですか?」
ちょっと悲しそうな顔をして、オレを見つめる。か、……かわいすぎる。嫉妬までするのか?
「……あ、いや、何でもない。 オレの記憶違い、ははは」
「うふふ、カズヤさんも、記憶の間違いがあるんですね」
「あ、ああ、そうだね、ははは」
イカン、なにやってんだオレは。早いとこ終わらせないと、ハマっちまったらマズイ。
「なぁ、恋人同士なら、キス以外にもすることがあるだろう?」
「はい? なんでしょうか?」
「その……、なんだなぁ、性行為……、というのをだな」
「せいこうい?」
「わからない、かな?」
「私の記憶には……。 すみません、教えていただけないでしょうか?」
「え、ああ。 も、もちろんだとも」
まずい、イザとなると、というか久々だしな、どうにも緊張する。オレはドールの隣に座り、肩に手をかけて抱き寄せる。一瞬体をビクンとさせたが、頬を赤く染めて体重を預けてきた。
「怖いかい?」
「いえ、なんだか、安心するというか、あったかいって言うか、不思議な気持ちです」
「そうか、じゃあ……」
オレはドールの乳房に手を伸ばし、そっと力を加える。見た目以上に柔らかく、温かかった。左側の乳房の下に手を当てると、拍動までが伝わってくる。下から包み込むようにすると、吸い付くような柔軟性と、だが強く力を加えれば、確かな弾力性を感じる。大きすぎず、小さすぎず、まるで自分のためにあつらえたような乳房。
強い所有欲を掻き立てられる、これが“アリス・ドール”なのか?
そっと乳首に触れると、アリスがピクッと体を震わせる。
「感じるかい?」
「え? ええ、気持ちいいんですけど、その……」
「その、何?」
「もっと、シテクダサイ……」
うつむいて耳元まで真っ赤にしてドールが言う。理性が破壊されそうだ。
オレははやる気持ちを抑えながら、肩に回した左手で彼女の乳房を包むようにし、右手は股間へと回した。
「あっ!」
「どうした?」
「いえ、なんでもないです。 恋人同士だから、いいんですよね? ……こんなこと、されても」
「そうだよ。 いいんだ……」
オレは自分に言い聞かせるように、ドールの太腿を押し開きながら、秘所へと手を伸ばす。
敏感な谷間をなぞりあげられる快感に、打ち震えながら耐えていたが、まだ一度も開かれたこと無い扉の、肉の鍵穴に指で触れると、オレの右手に自分の手を重ねた。それでもオレは指を進め、ドールの中に侵入させる。
「あっ!」
「痛いか?」
「いえ、そこまでは自分でも……」
自分でも?そんなことがある筈無い。まだ自分でも触れたことの無い場所のはずだ。記憶バンクへのアクセスエラーなのか、それとも?
「……どうしましたか、カズヤさん?」
「あ、いや、なんでもない、ここは感じるかい?」
オレはマウスポインタを操るように、秘唇のはじまりにある若芽を強めに転がす。
「きゃうん! は、はい。 ぴりぴりジンジンしてきます」
触れられたことの無い筈の、この体がこの刺激を知っているということは、……たぶんアイツも好奇心旺盛なオトコだったってことだろうか?
オレはドールをベッドに寝かせて、より念入りに”調律”を加えることにした。
白磁のような肌を確かめるように撫でると、うっとりとするように目を閉じ、胸の弾力に指を遊ばせれば、桜色の唇をきゅっと閉じる。双臀を辿ればもどかしげに脚を開き、潤いを帯びた双丘に風を起こせば、切なげに唇を開く。オレの興奮が増せばそれはドールにも伝わり、空調の音に途切れ途切れの嬌声が混じる。かわいらしい睦声はオレとドールの感情高まりを倍加させ、その声がもっと大きくなるように、オレはドールを“調律”する。それがオレの仕事だからだ。
「そろそろ……いいかな?」
「はい……?」
いや確かめるまでもない、確かめたところで、オレのすべきことは既に決まっている。
オレはドールの肩を押さえ、覆いかぶさるようにして硬くなった股間を押し付けた。
挿入は驚くほどスムーズにいった。まるで初めから繋がっていたかのようにぴったりとしていた。
「んんん……」
ドールがくぐもったように押し殺した声を漏らし、体を震わせる。
「おい、痛くないか?」
「いえ、大丈夫ですカズヤさん。 でも……」
「ん? どうした」
「あの……、名前で呼んで欲しいんです。 せっかくカズヤさんに付けていただいた名前。 恋人同士なら……名前で呼んで欲しいんです」
自分を他のものと区別する名前への執着。ドールの調律に名前を付けて呼ぶことを禁じている理由がわかったような気がする。
アイツもほんとうは自分の名前で呼んで欲しかったのだろうか?
オレは2重の罪の意識に、胸がチクリとした。
「動くぞ、アリス」
「え……ええ、どうぞ」
オレは腰を動かし、抽挿をはじめた。なんて気持ちいいんだ。アリスの膣(なか)は!
じんわりとした温かみ。吐息を漏らす唇の様に、蠢く粘膜の壷。
「はぁ、うんんっ、あっ……、くふぅ。 やぁ……ああん!」
ストロークや角度を変えるたびに、アリスの喘ぎ声のトーンが変わる。
オレは体の向きを変え、体位を入れ替えては、楽器を奏でるようにアリスの媚歌を調律する。
快感を受け止めてひそめる眉根。薄く開かれた潤んだ瞳。求めるように上下する唇。
もう我慢ができない。この少女の、アリスのすべてが欲しい、そのためには……。
オレはアリスの背中に回した手に力を込め、強く抱きしめながらアリスの中心へ精を放った。
「「はぁ、はぁ、はぁ……」」
調律は激しい絶頂を終えて、オレたち二人のリズムは完全に同調していた。
「はぁ、……カズヤさん?」
「な、んだい……。 アリス」
「これが、せいこうい……ですか?」
「あ、ああ、そうだ……」
「ステキですね。 とっても……」
アリスの紅潮した頬が、さらに濃さを増したように、俺には見えた。
「アリス……」
オレはアリスの頭の後ろに手を回し、息がつらくなるのもかまわずに、舌を絡ませるディープキスをした。余韻を残したキスを終える頃には、2人の息使いもだいぶ落ち着いた。
だがアリスの誘惑は止まらない。
「んはぁ、……キスってくちびるをあわせるだけだと、思っていました。 でも、こんなキスもあるんですね」
「あ、ああ……」
まるで馬鹿になったみたいに、次の言葉が出てこない。
「せいこういも、もっといろんなのが、あるんですか?」
「ああ、あるとも。 もっと教えてやるさ」
オレは再びアリスの体に手を伸ばした。
その後、オレは2度アリスを調律し、3度目にアリスの口の中で果てると、オレはそのまま眠ってしまった。
泥のような眠りから覚めると、目の前で少女がにっこりと笑っている。
「おはようございます。カズヤさん」
「……おはよう、アリス」
体を起こしながら、壁の時計に目をやると、時刻はもう夕刻に近かった。
「……いつから起きてたんだ?」
「私もさっき起きたばかりですよ」
「……そうか。 お腹すかないか?」
「おなか……ですか?」
ドールといえども人並みに食事をする機能は持っていた。おれはアリスに、自分と同じ栄養補給用のゼリー食を与えた。本当はこんなものじゃなくて、もっとうまいものを食わせてやりたい、そんなことを思いながら、俺は聞いた。
「うまいか? アリス」
「ええ、食事って、甘いんですね。 昨夜カズヤさんが飲ませてくれたのは、もっと違う味でしたけど……」
金槌で殴られたような感覚がした。まるでスポンジが水を吸収するように、俺の教えたことを吸収していくアリス。だが、その短い時間の間に教えるのが、人とのセックスだけなんて、とても罪深い行いに思えた。
だから、オレはせめてもの罪滅ぼしと思い、こんなことを言った。
「そうだアリス、外へ出てみないか?」
「外……?」
「そう、屋上へ行って景色を見るんだ。ちょうど夕方だし、夕焼けが見えるかもしれない」
「でも、裸でですか?」
「うーん、そうだな……じゃこれを着て」
オレは自分の白衣を着せた。もちろんだぶだぶだが仕方ない。私室に戻って何か用意すればよかったかと思ったが、まぁちょっとだけだし、何とかなるだろう。幸いここは最上階。屋上へ出るまで誰かに見咎められることも無い。
「動きづらいか? すまないが、それで勘弁してくれ」
「はい、大丈夫です。 カズヤさんの……、匂いがしますね」
アリスは頬を赤く染めながら、自分の胸を抱くようにして、オレの白衣の匂いを確かめて言った。
本当にかわいい。これなら誰だって夢中になるに違いない。愛玩用ドールとして完璧だ。
歩きにくそうなアリスの手を引いて、誰もいないことを確かめた廊下の端にある階段を上り、オレたちは屋上へ出た。
「すごーい、遠くの方までよく見えますね。 あれ、あの細くて動いているの……電車、電車ですよね?」
「そうだよ、良く知っているね」
女の子なのに電車が好きなのか?いや、これはきっと、アイツの人格を反映しているんだ。
オレは不意に相棒のことを思い出していた。
「あの電車は、どこへ行くんですか?」
「んー、あの山の向こうじゃないかな?」
「山の向こうには、何があるんですか?」
(『あの山の向こうには海があるんだよ……』) アイツの声が頭をよぎる。そう言えば前にも、この屋上から見える景色を見ながら、そんなことを言っていたっけ。
「海だ。 海があるんだ」
「海、ですか? 見てみたいなぁ、海。 あの電車に乗れば、海が見れるんですね?」
「そうだ」
「乗ってみたいな。 あの電車……」
ごめん、アリス。それはできない相談だ。キミがこの研究所の外へ出るときは“出荷”される時なんだ。
でもその時には、キミは新しい擬似人格になっていて、電車のことも、この屋上から見た景色のことも忘れているだろう。
「さ、もう日が暮れる。 風邪を引くから部屋へ戻ろう」
「私も風邪を引くんですか?」
「あ、いや、オレの方かな……。 へくしょんっ!」
「まぁ、大変。 でも安心してください。 わたしが看病しますから」
「ああ、もし引いたら頼むよ」
情けないことに、本当にオレは風邪を引いてしまった。
アリスは献身的に看病してくれたが、なかなか熱が下がらなかった。
心配したアリスは、俺がちょっと眠った隙に、部屋の外へ出ていって助けを呼ぼうとしたらしい。
そして、すべてを知ってしまった様だった。
自分がアンドロイド・ドールとして、知らないどこかへ“出荷”されること。
自分が一時的に体に宿った擬似人格で、すぐに記憶も消されてしまうこと。
部屋に戻ってきたアリスは、とても悲しそうな顔をしていた。それでも献身的にオレを看病してくれて、3日後には熱も下がり、すっかり元の体調に戻っていた。
重苦しい雰囲気の中、アリスが運んできてくれた食事を、オレは黙ったまま口にしていた。
何か言わなきゃいけない、オレはそう思ったが、何を話せばいいのかわからなかった。
「なぁ、アリス」
「“アリス”って、……私の名前じゃ、なかったんですね。 てっきり私、カズヤさんが私に付けてくださったものだとばかり……。 でも贅沢言っちゃいけませんよね。 私、ドールだし……」
「すまない……」
「あの、お願いがあるんですけど。 ……聞いて、くれますか?」
「なんだい?」
「電車に乗ってみたいんです。 一度でいいから電車に乗って、窓から景色を眺めてみたいんです。 だめですか?」
「ああ……。わかった、何とかしよう」
オレは1時間以上も所長を説得し続けた。そして根負けした所長から、絶対にドールだと周囲に悟られないように、細心の注意を払うということで、アリスとの外出許可をもらった。
「わぁ、すごーい! 電車ってこんなに速いんですね!」
アリスは窓からの風に髪をなびかせながら、窓から見える景色をうれしそうに眺めていた。
「ねぇねぇ! あれなんですか!? あの、広くて、大きくて、光っているの!」
そうか、アイツがいっていた景色が、これだったんだな……。
オレはアリスを見つめながら、相棒のことを思い出していた。
「あれが海だよ。 海って言うんだ」
日の傾いた、オレンジ色に光る大海原が美しかった。
「そう、あれが海……。 ありがとう、カズヤさん。 最後にこんなにステキなものを見せてくれて」
「ああ」
「キスして……くれますか?」
「いいとも」
車窓を流れる、光る海をバックに、オレたちはキスをした。
そして今が別れの時だ、とオレは思った。
「なぁ、アリス」
「なんですか? カズヤさん」
「キミの、本当の名前は……」
********************************************
カタン、カタンという電車の揺れを感じ取ったかのように、閉じられていた少女の瞳がゆっくりと開かれた。
「……ん。 あれ、カズヤ……? え? ボクなんで電車に乗ってるの?」
「ああ、ちょっとな」
だが、カズヤと呼ばれた青年は下を向いたままだった。
「あ? スカートに染みが! カズヤ! イヤらしいことしようとしてヨダレたらしたんじゃ……」
張り倒そうと手を振り上げた少女は、青年の様子がいつもとは違うことに気がついた。
「どうしたの、カズヤ? どこか具合悪いの?」
「いや、……なんでもない。 大丈夫だ」
「……そう。 でもラッキーだな。 目が覚めたら電車に乗ってるなんて、思わなかったよ……。 うわー、海だぁ!夕日がキレー。 ありがとうカズヤ、ステキな起こし方だよ!」
永遠に去っていった“一瞬の恋人”は、長年培った友情で結ばれた“懐かしい友人”に戻っていた。
少女の屈託のない笑顔が、青年の心を和ませる。
「ああ、そう言ってくれると、連れて来た甲斐があるってもんだ」
ありす
2005年06月13日(月) 02時06分15秒 公開
アリス・ドールEX ~さよならは車窓を眺めながら~
「ねぇ、カズヤ。 ドールの見送り、行かないの?」
「ああ、もう別れは済ませたからな。 オマエの事は、後で下に迎えに行くから。」
「……そう。 じゃ、行って来るね」
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「とにかく! ボクは絶対に、い・や・だ・か・ら・ね! オトコどうしでセックスなんかできるか!」
相棒がテーブルをドン!と叩いた拍子に、空になったコップが転げ落ちる。
調律師になって初めての仕事。アリス・ドールの調律も日常生活的な部分をすべて終え、後は最終段階であるセックスを実地で教え込むだけになった。だが、相棒にそのことを切り出したとたん、ものすごい剣幕で怒り出して、どうにも手のつけようがない。
まぁ、それも仕方の無いことかもしれない。なにしろ、ヤツとは付き合いの長い親友同士。しかもヤツが言うとおり男同士だったのだから。だがこの仕事を選んだ以上、いつかは通らなければならないステップのひとつだった。いくら初めてとはいっても、女性型ドールの調律には欠かせない。
「いまは女の体だろ。だいたいオマエ、最近性格がとみに女っぽく……ぶわっ」
巨大マクラを投げつけられて、オレはひっくり返った。
「あいたた……。 あのなぁ、これは仕事なんだよ」
「カズヤはヤりたいだけなんだろ? そんなにエッチしたいんなら、ハルカさんとでもすれば!」
「ナニ言ってんだよ。 じゃ、オレとセックスするのがいやなら、誰かほかのやつに代わってもらおうか?」
「なんだってっー!」
「うわっ、やめろ! 物を投げるな。 ぐえっ! グーでパンチも止めろ。 悪かった、もう言わない。 だから止めてくれ」
「はぁ、はぁ、はぁ……」
「なぁ、オマエだってわかってんだろ?」
「……わかってるよ! だけど……、できないよ。 やっぱりボクこの仕事向いてない。 辞める!」
「いまさらそんな事いったってなぁ……」
「じゃあこうして。 カズヤの調律がすむまで、ボクはこの体とのリンクを切る。 ずっと眠っているからその間に済ませて。」
「それじゃ調律する意味が……」
「今までの調律で大体の所はすんでいるでしょ? サブシステムも使ってこのドールの人工脳を起ち上げてさ、擬似人格を目覚めさせるの。 それですればいいじゃん。 終わったら起こして」
「わがままなヤツ。 っていうかまぁ、それもアリかな。 やってる間に、オレの大事なナニを食いちぎられでもしたら、たまらんからな」
「そしたら、ボクと代わってあげるよ」
「あのなぁ……。 でもいいのか? 擬似人格といっても、オマエの人格の影響を受けている、いわば分身みたいなもんだぞ?」
「別に。 ボク自身がするわけじゃないからいいもん。 どうせ出荷する時には、また同じことだし。 あ、でも、ボクが目覚めるのと同時に、擬似人格の記憶は消えるようにしておいてね。 動作反応とか感情パターンだけ残しておけばいいんでしょ?」
「ちょーわがまま。 ま、いいか。 で、オマエを起こすコマンドはどうするんだよ。」
「そうだなぁ。 キーワード、なんてどう?」
「キーワード?」
「そう、ボクの名前を呼んで。 この研究所で、ボクの本当の名前を知っているのは所長とカズヤだけだし。 ほかの誰も、呼ぶことなんて無いだろうからさ……」
相棒の表情がちょっとだけ曇る。そう、ヤツの名前はここでは呼ぶことができない。調律中のドールに勝手な固有名詞をつけると、出荷後に別の主人を持った時に良くない影響をあたえるからだ。唯一シリーズ名である“アリス”とだけは呼んでいいことになっているが、それは固有名詞じゃない。相棒がどのドール体になっても“アリス”。だけどそれはヤツの名前じゃない。
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「ここは……どこですか? 私は……?」
「起動には成功したみたいだな。 オレの名前はカズヤ、ここは研究所の中だ」
「カズヤさん……?」
「そう、キミの……エート、そう、ご主人様だ」
「ご主人様……?」
「わかる? 会話バンクへのアクセスはできるはずなんだが」
「ご主人様、はじめまして、私は……私は?私の名前は何でしょうか?」
「名前……、あーそうか。 困ったな、名前かぁ……。 そう、キミの名前は“アリス”だ」
空ろだった彼女の表情が、ぱあっと明るくなった。
「アリス……。 ご主人様、はじめまして、アリスです。 よろしくお願いいたします」
ドールは両手を前について正座し、ぴょこんと頭を下げた。うんうん、ちゃんと挨拶もできるじゃないか。
「ご主人様? それで、私は何をすれば良いのでしょうか?」
「あーそうだな……」
いきなりセックスしろとは言いづらいなぁ、肩でも揉んでもらうか?いやいや、あまりにベタだ。お話しましょう、って何を話せばいいんだ? あーどうしたもんか?
「あのー、ご主人様。 よろしいでしょうか?」
「あ? ああ、ごめんごめん。 何?」
「その、まことに恥ずかしいのですが、服を……」
そういや擬似人格の起動準備やら、なにやらで全部脱がせたままだった。すぐに調律始めるつもりでいたからいいやと思ってそのままだったんだが……。 それにしてもシーツで体を隠しながら恥らう乙女ってのは、すごく萌えるなぁ。
「いや、その、準備して無くてね。 でも必要ないんだ、そのなんていうか……」
「でもその、……恥ずかしいのですけれど」
「いや、恥ずかしがることは無い。 僕と君とは恋人同士なのだから、恥ずかしいなんてことは無いぞ」
「恋人同士……?」
「そう、恋人同士」
「でも、わたしオトコですけど」
「はぁ?」
いかん、適当にライブラリを組み込んだから設定がおかしくなってるのか?
「いや、そうじゃなくて、キミは女の子なんだよ。 胸があるだろう?」
「……はい、ありますね」
「……下も、女の子のはずだが」
「……そうみたいですね」
「だから、オレと恋人同士でもおかしくない」
「そうですね。 オトコ同士ですけど」
どうもアイツの人格の影響が強すぎるらしい。
「その設定、じゃなかった、記憶は間違いなんだ。 キミは女の子。 記憶して」
「はい、私は女の子です」
「そう、だからね……」
「恋人同士、なんですよね?」
そういってドールはにっこりと微笑んだ。
なんてかわいいんだ!中身がアイツじゃないってだけで、こんなに違うものなんだろうか?
「あの……、ご主人様?」
「ああ、ご主人様ってのはやっぱナシ。 カズヤって呼んでくれ。 人として間違いを犯しそうだから」
「カズヤ、さま」
「まだ硬いな」
「カズヤ さん?」
「まぁ、そんなかんじかなぁ、何? うわっ!うむむ……」
ドールはいきなり抱きついてきてキスをした。
「恋人同士は、キスをするんですよね? 私の記憶ではそうなってますけど。 ……間違ってましたか?」
「……い、いや、ま、間違ってはいない。 ずいぶん積極的なんだな、アイツとはえらい違い……」
「アイツって、誰ですか?」
ちょっと悲しそうな顔をして、オレを見つめる。か、……かわいすぎる。嫉妬までするのか?
「……あ、いや、何でもない。 オレの記憶違い、ははは」
「うふふ、カズヤさんも、記憶の間違いがあるんですね」
「あ、ああ、そうだね、ははは」
イカン、なにやってんだオレは。早いとこ終わらせないと、ハマっちまったらマズイ。
「なぁ、恋人同士なら、キス以外にもすることがあるだろう?」
「はい? なんでしょうか?」
「その……、なんだなぁ、性行為……、というのをだな」
「せいこうい?」
「わからない、かな?」
「私の記憶には……。 すみません、教えていただけないでしょうか?」
「え、ああ。 も、もちろんだとも」
まずい、イザとなると、というか久々だしな、どうにも緊張する。オレはドールの隣に座り、肩に手をかけて抱き寄せる。一瞬体をビクンとさせたが、頬を赤く染めて体重を預けてきた。
「怖いかい?」
「いえ、なんだか、安心するというか、あったかいって言うか、不思議な気持ちです」
「そうか、じゃあ……」
オレはドールの乳房に手を伸ばし、そっと力を加える。見た目以上に柔らかく、温かかった。左側の乳房の下に手を当てると、拍動までが伝わってくる。下から包み込むようにすると、吸い付くような柔軟性と、だが強く力を加えれば、確かな弾力性を感じる。大きすぎず、小さすぎず、まるで自分のためにあつらえたような乳房。
強い所有欲を掻き立てられる、これが“アリス・ドール”なのか?
そっと乳首に触れると、アリスがピクッと体を震わせる。
「感じるかい?」
「え? ええ、気持ちいいんですけど、その……」
「その、何?」
「もっと、シテクダサイ……」
うつむいて耳元まで真っ赤にしてドールが言う。理性が破壊されそうだ。
オレははやる気持ちを抑えながら、肩に回した左手で彼女の乳房を包むようにし、右手は股間へと回した。
「あっ!」
「どうした?」
「いえ、なんでもないです。 恋人同士だから、いいんですよね? ……こんなこと、されても」
「そうだよ。 いいんだ……」
オレは自分に言い聞かせるように、ドールの太腿を押し開きながら、秘所へと手を伸ばす。
敏感な谷間をなぞりあげられる快感に、打ち震えながら耐えていたが、まだ一度も開かれたこと無い扉の、肉の鍵穴に指で触れると、オレの右手に自分の手を重ねた。それでもオレは指を進め、ドールの中に侵入させる。
「あっ!」
「痛いか?」
「いえ、そこまでは自分でも……」
自分でも?そんなことがある筈無い。まだ自分でも触れたことの無い場所のはずだ。記憶バンクへのアクセスエラーなのか、それとも?
「……どうしましたか、カズヤさん?」
「あ、いや、なんでもない、ここは感じるかい?」
オレはマウスポインタを操るように、秘唇のはじまりにある若芽を強めに転がす。
「きゃうん! は、はい。 ぴりぴりジンジンしてきます」
触れられたことの無い筈の、この体がこの刺激を知っているということは、……たぶんアイツも好奇心旺盛なオトコだったってことだろうか?
オレはドールをベッドに寝かせて、より念入りに”調律”を加えることにした。
白磁のような肌を確かめるように撫でると、うっとりとするように目を閉じ、胸の弾力に指を遊ばせれば、桜色の唇をきゅっと閉じる。双臀を辿ればもどかしげに脚を開き、潤いを帯びた双丘に風を起こせば、切なげに唇を開く。オレの興奮が増せばそれはドールにも伝わり、空調の音に途切れ途切れの嬌声が混じる。かわいらしい睦声はオレとドールの感情高まりを倍加させ、その声がもっと大きくなるように、オレはドールを“調律”する。それがオレの仕事だからだ。
「そろそろ……いいかな?」
「はい……?」
いや確かめるまでもない、確かめたところで、オレのすべきことは既に決まっている。
オレはドールの肩を押さえ、覆いかぶさるようにして硬くなった股間を押し付けた。
挿入は驚くほどスムーズにいった。まるで初めから繋がっていたかのようにぴったりとしていた。
「んんん……」
ドールがくぐもったように押し殺した声を漏らし、体を震わせる。
「おい、痛くないか?」
「いえ、大丈夫ですカズヤさん。 でも……」
「ん? どうした」
「あの……、名前で呼んで欲しいんです。 せっかくカズヤさんに付けていただいた名前。 恋人同士なら……名前で呼んで欲しいんです」
自分を他のものと区別する名前への執着。ドールの調律に名前を付けて呼ぶことを禁じている理由がわかったような気がする。
アイツもほんとうは自分の名前で呼んで欲しかったのだろうか?
オレは2重の罪の意識に、胸がチクリとした。
「動くぞ、アリス」
「え……ええ、どうぞ」
オレは腰を動かし、抽挿をはじめた。なんて気持ちいいんだ。アリスの膣(なか)は!
じんわりとした温かみ。吐息を漏らす唇の様に、蠢く粘膜の壷。
「はぁ、うんんっ、あっ……、くふぅ。 やぁ……ああん!」
ストロークや角度を変えるたびに、アリスの喘ぎ声のトーンが変わる。
オレは体の向きを変え、体位を入れ替えては、楽器を奏でるようにアリスの媚歌を調律する。
快感を受け止めてひそめる眉根。薄く開かれた潤んだ瞳。求めるように上下する唇。
もう我慢ができない。この少女の、アリスのすべてが欲しい、そのためには……。
オレはアリスの背中に回した手に力を込め、強く抱きしめながらアリスの中心へ精を放った。
「「はぁ、はぁ、はぁ……」」
調律は激しい絶頂を終えて、オレたち二人のリズムは完全に同調していた。
「はぁ、……カズヤさん?」
「な、んだい……。 アリス」
「これが、せいこうい……ですか?」
「あ、ああ、そうだ……」
「ステキですね。 とっても……」
アリスの紅潮した頬が、さらに濃さを増したように、俺には見えた。
「アリス……」
オレはアリスの頭の後ろに手を回し、息がつらくなるのもかまわずに、舌を絡ませるディープキスをした。余韻を残したキスを終える頃には、2人の息使いもだいぶ落ち着いた。
だがアリスの誘惑は止まらない。
「んはぁ、……キスってくちびるをあわせるだけだと、思っていました。 でも、こんなキスもあるんですね」
「あ、ああ……」
まるで馬鹿になったみたいに、次の言葉が出てこない。
「せいこういも、もっといろんなのが、あるんですか?」
「ああ、あるとも。 もっと教えてやるさ」
オレは再びアリスの体に手を伸ばした。
その後、オレは2度アリスを調律し、3度目にアリスの口の中で果てると、オレはそのまま眠ってしまった。
泥のような眠りから覚めると、目の前で少女がにっこりと笑っている。
「おはようございます。カズヤさん」
「……おはよう、アリス」
体を起こしながら、壁の時計に目をやると、時刻はもう夕刻に近かった。
「……いつから起きてたんだ?」
「私もさっき起きたばかりですよ」
「……そうか。 お腹すかないか?」
「おなか……ですか?」
ドールといえども人並みに食事をする機能は持っていた。おれはアリスに、自分と同じ栄養補給用のゼリー食を与えた。本当はこんなものじゃなくて、もっとうまいものを食わせてやりたい、そんなことを思いながら、俺は聞いた。
「うまいか? アリス」
「ええ、食事って、甘いんですね。 昨夜カズヤさんが飲ませてくれたのは、もっと違う味でしたけど……」
金槌で殴られたような感覚がした。まるでスポンジが水を吸収するように、俺の教えたことを吸収していくアリス。だが、その短い時間の間に教えるのが、人とのセックスだけなんて、とても罪深い行いに思えた。
だから、オレはせめてもの罪滅ぼしと思い、こんなことを言った。
「そうだアリス、外へ出てみないか?」
「外……?」
「そう、屋上へ行って景色を見るんだ。ちょうど夕方だし、夕焼けが見えるかもしれない」
「でも、裸でですか?」
「うーん、そうだな……じゃこれを着て」
オレは自分の白衣を着せた。もちろんだぶだぶだが仕方ない。私室に戻って何か用意すればよかったかと思ったが、まぁちょっとだけだし、何とかなるだろう。幸いここは最上階。屋上へ出るまで誰かに見咎められることも無い。
「動きづらいか? すまないが、それで勘弁してくれ」
「はい、大丈夫です。 カズヤさんの……、匂いがしますね」
アリスは頬を赤く染めながら、自分の胸を抱くようにして、オレの白衣の匂いを確かめて言った。
本当にかわいい。これなら誰だって夢中になるに違いない。愛玩用ドールとして完璧だ。
歩きにくそうなアリスの手を引いて、誰もいないことを確かめた廊下の端にある階段を上り、オレたちは屋上へ出た。
「すごーい、遠くの方までよく見えますね。 あれ、あの細くて動いているの……電車、電車ですよね?」
「そうだよ、良く知っているね」
女の子なのに電車が好きなのか?いや、これはきっと、アイツの人格を反映しているんだ。
オレは不意に相棒のことを思い出していた。
「あの電車は、どこへ行くんですか?」
「んー、あの山の向こうじゃないかな?」
「山の向こうには、何があるんですか?」
(『あの山の向こうには海があるんだよ……』) アイツの声が頭をよぎる。そう言えば前にも、この屋上から見える景色を見ながら、そんなことを言っていたっけ。
「海だ。 海があるんだ」
「海、ですか? 見てみたいなぁ、海。 あの電車に乗れば、海が見れるんですね?」
「そうだ」
「乗ってみたいな。 あの電車……」
ごめん、アリス。それはできない相談だ。キミがこの研究所の外へ出るときは“出荷”される時なんだ。
でもその時には、キミは新しい擬似人格になっていて、電車のことも、この屋上から見た景色のことも忘れているだろう。
「さ、もう日が暮れる。 風邪を引くから部屋へ戻ろう」
「私も風邪を引くんですか?」
「あ、いや、オレの方かな……。 へくしょんっ!」
「まぁ、大変。 でも安心してください。 わたしが看病しますから」
「ああ、もし引いたら頼むよ」
情けないことに、本当にオレは風邪を引いてしまった。
アリスは献身的に看病してくれたが、なかなか熱が下がらなかった。
心配したアリスは、俺がちょっと眠った隙に、部屋の外へ出ていって助けを呼ぼうとしたらしい。
そして、すべてを知ってしまった様だった。
自分がアンドロイド・ドールとして、知らないどこかへ“出荷”されること。
自分が一時的に体に宿った擬似人格で、すぐに記憶も消されてしまうこと。
部屋に戻ってきたアリスは、とても悲しそうな顔をしていた。それでも献身的にオレを看病してくれて、3日後には熱も下がり、すっかり元の体調に戻っていた。
重苦しい雰囲気の中、アリスが運んできてくれた食事を、オレは黙ったまま口にしていた。
何か言わなきゃいけない、オレはそう思ったが、何を話せばいいのかわからなかった。
「なぁ、アリス」
「“アリス”って、……私の名前じゃ、なかったんですね。 てっきり私、カズヤさんが私に付けてくださったものだとばかり……。 でも贅沢言っちゃいけませんよね。 私、ドールだし……」
「すまない……」
「あの、お願いがあるんですけど。 ……聞いて、くれますか?」
「なんだい?」
「電車に乗ってみたいんです。 一度でいいから電車に乗って、窓から景色を眺めてみたいんです。 だめですか?」
「ああ……。わかった、何とかしよう」
オレは1時間以上も所長を説得し続けた。そして根負けした所長から、絶対にドールだと周囲に悟られないように、細心の注意を払うということで、アリスとの外出許可をもらった。
「わぁ、すごーい! 電車ってこんなに速いんですね!」
アリスは窓からの風に髪をなびかせながら、窓から見える景色をうれしそうに眺めていた。
「ねぇねぇ! あれなんですか!? あの、広くて、大きくて、光っているの!」
そうか、アイツがいっていた景色が、これだったんだな……。
オレはアリスを見つめながら、相棒のことを思い出していた。
「あれが海だよ。 海って言うんだ」
日の傾いた、オレンジ色に光る大海原が美しかった。
「そう、あれが海……。 ありがとう、カズヤさん。 最後にこんなにステキなものを見せてくれて」
「ああ」
「キスして……くれますか?」
「いいとも」
車窓を流れる、光る海をバックに、オレたちはキスをした。
そして今が別れの時だ、とオレは思った。
「なぁ、アリス」
「なんですか? カズヤさん」
「キミの、本当の名前は……」
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カタン、カタンという電車の揺れを感じ取ったかのように、閉じられていた少女の瞳がゆっくりと開かれた。
「……ん。 あれ、カズヤ……? え? ボクなんで電車に乗ってるの?」
「ああ、ちょっとな」
だが、カズヤと呼ばれた青年は下を向いたままだった。
「あ? スカートに染みが! カズヤ! イヤらしいことしようとしてヨダレたらしたんじゃ……」
張り倒そうと手を振り上げた少女は、青年の様子がいつもとは違うことに気がついた。
「どうしたの、カズヤ? どこか具合悪いの?」
「いや、……なんでもない。 大丈夫だ」
「……そう。 でもラッキーだな。 目が覚めたら電車に乗ってるなんて、思わなかったよ……。 うわー、海だぁ!夕日がキレー。 ありがとうカズヤ、ステキな起こし方だよ!」
永遠に去っていった“一瞬の恋人”は、長年培った友情で結ばれた“懐かしい友人”に戻っていた。
少女の屈託のない笑顔が、青年の心を和ませる。
「ああ、そう言ってくれると、連れて来た甲斐があるってもんだ」
ありす
2005年06月13日(月) 02時06分15秒 公開
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