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そんなバナー(仮)
午後の一時、僕は読書をしながら優雅にお茶を飲んでいた。
貴族の三男坊としてはごく平凡な過ごし方だ。
あくせく働かなくても、領民が収める税金のおかげで、僕は遊んで暮らせている。
もちろん父上や、歳の離れた二人の兄が領地を治めるのに、苦労しているのは確かだけれど、三男坊ともなればそういう政治的な労苦をしなくても、とやかくは言われない。
甘やかされて育ったせいもあって、のんきに暮らしている毎日だった。
そんなある日、僕は父上から呼び出された。
「お呼びでしょうか? お父上」
「うむ。唐突だが、お前の輿入れ先が決まった」
「は? 今なんと? 父上」
「お前は来週、マイバッハ家へ輿入れすることになる」
「婿入りでは……なくてですか?」
「お前も知っているだろうが、マイバッハ家の長男は大変な漁色家でな。お前を是非にとご所望だそうだ」
「ホ、ホモだってことですか? 冗談じゃありません! 僕は男です! 婿入りならともかく、嫁入りだなんて!」
「それは案ずることはない。高名な魔術師が先方より当家に遣わされている。お前は今夜、師の術を受けて女になるのだ」
「嘘でしょう、父上?! 第一、何だってそんな、無茶苦茶な……」
「マイバッハ家のお抱え占い師が、占術で“男を女に性転換して迎えれば、末永く安泰”と予言したそうだ」
「だからって、なんで僕が! マイバッハ家の長男といえば、もう三人も妻がいるそうじゃないですか!」
「お前、先月のグラン大公殿下の夜会で、女装して舞を披露したそうではないか」
「あれは大公のお戯れで、仕方なく舞っただけです!」
「だが、マイバッハ家のご長男がそれをいたく気に入られたそうでな。占術師の予言を聞き、それを思い出したというわけだ」
「冗談じゃありません! お断りです!!」
「ヴァハテルよ、これが断れぬ申し入れであることは、お前に判らないわけではないだろう?」
「ぐ……」
そう、我が家が仮にも貴族の一員として社交界に名を連ねることができるのは、マイバッハ家の後ろ盾があるからだった。
もしマイバッハ家の機嫌を損ねようものなら、当家は領地を失い、一族路頭に迷う事になる。
「マイバッハ家の長男といえば、既に三人も妻をお持ちじゃないですか。そんなところに嫁いだところで……」
「そんなところに嫁いで、お前が子供を産めば、当家の安泰は更に磐石。マイバッハ家とは身内になるわけだからな」
「そんな身勝手な!」
「ヴァハテルよ。“三男坊のムダ飯ぐらい”と、メイド達が嘲笑うそなたじゃぞ? ここで家のために働かなくてどうする?」
「そんなのって、ないよー!」
*---*---*---*---*---*---*---*---*---*---*
……なんてことがあったのが、もう三ヶ月前。
諦めの境地でマイバッハ家に嫁いだら、“漁色家”との評判だった長男のアリスン・マイバッハ氏は思いの外良い方で、愛情を一心に注いでくださった。
彼がそういう趣味だったとは知らなかったが、3人の先妻も縁戚の勧めで断れず、仕方なく娶ったんだそうな。
しかし愛されれば絆されるのが人の弱さ。私は彼を愛し、彼の子供を産む気になっていた。
けれど、面白くないのが既に輿入れしていた三人の先妻たち。
奸計にはまって、“不妊の術”を施されてしまった。
それが原因で、私は屋敷を追い出されることになった。アリスン様の祖父が、“子供の産めぬ嫁など当家に必要ない”と言ったそうなのだ。
寝たきりで食事もままならない、お祖父様がそんな事をおっしゃるはずがない。
あの3人の先妻の虚言に決まっている!
けれど、たった一人反対してくださったアリスン様のご好意も虚しく、私は遠く離れたマイバッハ家の別領地に移されることになった。
*---*---*---*---*---*---*---*---*---*---*
冬も近づいた寒い朝、私は失意のうちに、マイバッハ家を立つことになった。アリスン様が目覚める前に……。
「にゃぁ」
小雪が舞い始めた肌寒い正門への道を歩いていると、足元に猫がじゃれついてきた。
実家から連れてきた、猫のボーネ。そうだ、この子も連れていってあげなきゃね。
「おいで、ボーネ」
私は冷たく凍えているボーネを抱き上げた。お腹の下の方には、去勢の手術跡があった。
「あ…キミも元男の子だったんだね…」
そうだ、嫁ぎ先で粗相があってはいけないと、去勢されちゃっていたんだっけ。
「にゃぁ」
「寒い? これから行くところは、もう少し暖かいといいね」
私はボーネをコートの下に抱いて、馬車の待つ門へと歩き出した。
<了>

貴族の三男坊としてはごく平凡な過ごし方だ。
あくせく働かなくても、領民が収める税金のおかげで、僕は遊んで暮らせている。
もちろん父上や、歳の離れた二人の兄が領地を治めるのに、苦労しているのは確かだけれど、三男坊ともなればそういう政治的な労苦をしなくても、とやかくは言われない。
甘やかされて育ったせいもあって、のんきに暮らしている毎日だった。
そんなある日、僕は父上から呼び出された。
「お呼びでしょうか? お父上」
「うむ。唐突だが、お前の輿入れ先が決まった」
「は? 今なんと? 父上」
「お前は来週、マイバッハ家へ輿入れすることになる」
「婿入りでは……なくてですか?」
「お前も知っているだろうが、マイバッハ家の長男は大変な漁色家でな。お前を是非にとご所望だそうだ」
「ホ、ホモだってことですか? 冗談じゃありません! 僕は男です! 婿入りならともかく、嫁入りだなんて!」
「それは案ずることはない。高名な魔術師が先方より当家に遣わされている。お前は今夜、師の術を受けて女になるのだ」
「嘘でしょう、父上?! 第一、何だってそんな、無茶苦茶な……」
「マイバッハ家のお抱え占い師が、占術で“男を女に性転換して迎えれば、末永く安泰”と予言したそうだ」
「だからって、なんで僕が! マイバッハ家の長男といえば、もう三人も妻がいるそうじゃないですか!」
「お前、先月のグラン大公殿下の夜会で、女装して舞を披露したそうではないか」
「あれは大公のお戯れで、仕方なく舞っただけです!」
「だが、マイバッハ家のご長男がそれをいたく気に入られたそうでな。占術師の予言を聞き、それを思い出したというわけだ」
「冗談じゃありません! お断りです!!」
「ヴァハテルよ、これが断れぬ申し入れであることは、お前に判らないわけではないだろう?」
「ぐ……」
そう、我が家が仮にも貴族の一員として社交界に名を連ねることができるのは、マイバッハ家の後ろ盾があるからだった。
もしマイバッハ家の機嫌を損ねようものなら、当家は領地を失い、一族路頭に迷う事になる。
「マイバッハ家の長男といえば、既に三人も妻をお持ちじゃないですか。そんなところに嫁いだところで……」
「そんなところに嫁いで、お前が子供を産めば、当家の安泰は更に磐石。マイバッハ家とは身内になるわけだからな」
「そんな身勝手な!」
「ヴァハテルよ。“三男坊のムダ飯ぐらい”と、メイド達が嘲笑うそなたじゃぞ? ここで家のために働かなくてどうする?」
「そんなのって、ないよー!」
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……なんてことがあったのが、もう三ヶ月前。
諦めの境地でマイバッハ家に嫁いだら、“漁色家”との評判だった長男のアリスン・マイバッハ氏は思いの外良い方で、愛情を一心に注いでくださった。
彼がそういう趣味だったとは知らなかったが、3人の先妻も縁戚の勧めで断れず、仕方なく娶ったんだそうな。
しかし愛されれば絆されるのが人の弱さ。私は彼を愛し、彼の子供を産む気になっていた。
けれど、面白くないのが既に輿入れしていた三人の先妻たち。
奸計にはまって、“不妊の術”を施されてしまった。
それが原因で、私は屋敷を追い出されることになった。アリスン様の祖父が、“子供の産めぬ嫁など当家に必要ない”と言ったそうなのだ。
寝たきりで食事もままならない、お祖父様がそんな事をおっしゃるはずがない。
あの3人の先妻の虚言に決まっている!
けれど、たった一人反対してくださったアリスン様のご好意も虚しく、私は遠く離れたマイバッハ家の別領地に移されることになった。
*---*---*---*---*---*---*---*---*---*---*
冬も近づいた寒い朝、私は失意のうちに、マイバッハ家を立つことになった。アリスン様が目覚める前に……。
「にゃぁ」
小雪が舞い始めた肌寒い正門への道を歩いていると、足元に猫がじゃれついてきた。
実家から連れてきた、猫のボーネ。そうだ、この子も連れていってあげなきゃね。
「おいで、ボーネ」
私は冷たく凍えているボーネを抱き上げた。お腹の下の方には、去勢の手術跡があった。
「あ…キミも元男の子だったんだね…」
そうだ、嫁ぎ先で粗相があってはいけないと、去勢されちゃっていたんだっけ。
「にゃぁ」
「寒い? これから行くところは、もう少し暖かいといいね」
私はボーネをコートの下に抱いて、馬車の待つ門へと歩き出した。
<了>

コメント
そうだ、うずらだったw
ありすちゃんに「女の子になってすぐ、避妊手術を受けさせられる」とか言うネタを思いついたよ、とかメールしたらできた作品です。
ありすちゃんに「女の子になってすぐ、避妊手術を受けさせられる」とか言うネタを思いついたよ、とかメールしたらできた作品です。
ヴァハテル……なーんか聞き覚えがありますね……
そうか、うずら、か。
短編でも上手いですね。流石です。
そうか、うずら、か。
短編でも上手いですね。流石です。
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因みにボーネ(bohne)とは豆という意味です。フルネームはクライネ・ボーネ=小さい豆ですね。
マイバッハ家じゃなくて、クーフェンベーカー家にでもしとけば良かったw