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はやぶさ Ⅲ(2) by.isako
(2)
伊達は結局ロケが終わるまで告白することができなかった。回りに人が多くて機会が少なかったこともある。そんなわけでいつもなら迷惑な食事の誘いを初めて嬉しく感じた。
島村はスタッフのお疲れさまの挨拶が終わるとすぐ話しかけてきた。
「今日こそ、食事でもどう」
「ええ、あのー、ではよろしく」
「スペイン料理で良いかな」
「特に好き嫌いは。それよりマネージャーの中山さんも一緒で良いですか」
「そうきたか」
「だめなら」
「いやいや勘違いしないで欲しいな。俺の方は全く問題ないさ。ただうちのマネージャーは同席させないぜ」
「それはもう」
願ったり叶ったりである。
「じゃあ君が着替えている間に車をまわすから。これは自前なんだ」
スタッフや共演者の囁きを背中に感じながら着替えのため近くに停められていたマイクロバスに乗る。
秋月が用意していたのは派手なオレンジ色のワンピースで胸や背の露出が大きい。
「ちょっと派手すぎますって」
「あら、でもエミさんのメールじゃスペインぽくって」
「エミさん」
男だと告白するのにこれはないだろうと非難の目でにらむ。
「今日はスタッフだけでなくロケを見学していた人もまだ大勢残っているもの」
そう言われてしまうと伊達は反論できない。おとなしく髪をまとめてもらい赤いサンダルの紐を結んだ。
待っている間も気が重い。伊達は島村が好きだった。無論香緒里がからかうような意味ではない。役者としてだけではなく、男としても尊敬できる人物であり、そばにいる人を飽きさせない気さくな人物でもあった。
悪い噂はある。舞台で活躍していた頃から女に手が早いと評判だったし、今回の作品で人気がブレイクしてからは何度か週刊紙を賑わせていた。しかし伊達に言わせれば、島村には女の方から、いや男だって、自然に引き付けられるある種のカリスマあるからそう見えるのだ。そんな魅力のある男だからこそ、これからも友人関係でいたかった。無理なら、せめて嫌われたまま別れたくはない。それには難しいのは覚悟のうえで、きちんと説明するしかないだろう。
外へ様子を見に行ったエミが車の到着をつげ、いまだに熱心に見ているファンのざわめきの中、島村のネイビーブルーのステーションワゴンの後部座席に滑り込んだ。
伊達はなかなか切り出せず、どうにかきっかけを作れたのは目的の地下駐車場に着いてからだった。もちろんいきなり信じてもらえるはずもない。
「なんの冗談なのかな」
運転席から振り向いた島村は怪訝な顔をしていた。
伊達はひたすら謝り頭を下げる。見かねたエミがそのあとを引き継ぎ、今までの経過を説明した。それでもどうにか信じてもらえたのは島村が小野寺と電話で話した後である。
「こいつは驚いたね、どうも。全国のファンばかりでなく、共演者や撮影スタッフ全員をも騙し通したわけだ」
「本当に申し訳ありませんでした」
伊達は謝るだけで頭をあげることができない。
「いや怒っている訳じゃない。むしろ感心してるのさ。プロの集団を騙し通した演技力にね」
「でも島村さんの気持ちを」
「まあ自分が風間薫に惹かれたのを今さら隠す気はないさ」
逆効果だったかと伊達は身をすくめる。
「ところで年齢も詐称なのかな」
伊達が返事をしないのでエミがプロフィール通りだと告げる。
「ふーん、演技についても僕よりずっと詳しいのに。舞台の発声方法を引きずっているって最初に指摘してくれたのは君だったろう」
舞台でデビューした島村はその劇団独特の発声と台詞回しが染み付いていた。それまで脇役とはいえ何作かテレビドラマに出たのにぱっとしなかった理由のひとつである。
「すみません。子役の頃、甘やかされていたせいか、先輩にもずけずけ言う癖があったので」
「子役って?」
しまったと思ったものの今さら隠せない。
「覚えて見えるかどうか、優は僕だったんです」
「you,your,ユウ。she,her,her,羽津(hers)優(you)ちゃん?」
「あの時もやむを得ない事情で」
「まいったなあ。好きになった娘二人が同一人物でしかも男だったとはね」
そう言うと視線を背けフロントガラスの方を向いて黙ってしまう。
なんだかわからないけど最悪らしいと伊達は思った。意図したわけはないにしても心証は最低だろう。
「伊達君だったっけ」
呼吸音が聞こえるほど静まった車中で島村がこう話しかけてくれたとき、伊達はほっとした。例えこの後罵詈雑言が続いても先程の沈黙の世界よりずっとましである。
「は、はい」
「そのー失礼かもしれないが、君はそういう趣味の人ではないの?」
「いえ全くちがいます。もちろん蔑視や偏見もないつもりですけど」
「俺もノーマルというか、多数派のつもりだったんだが、こうなると怪しいものだね、君のせいで」
「す、すみませんでした。お詫びでしたら」
「ちょっと伊達くん。契約の一部だったことは私から説明したんだし」
「でも」
「謝る必要はないさ。俺を騙したくなくて打ち明けてくれたんだろう?」
「そう言っていただくと助かります。では。エミさん」
「ええ。それでは私たちはここで」
「おいおい、ちょっと待ってほしいね。俺にも聞いてほしいことがある。それにここで逃げられたりしたら、いい笑いものだ」
伊達はエミと顔を見合わせた。
島村は伊達を見つめたまま話す。
「予約した店は、味ももちろん保証するけど、オーナーが知り合いでね。風間薫を連れていくって言ったから張り切って準備しているはずなのさ。彼も君のファンなんだ。それに個室を用意してもらったから話しもゆっくりできる」
こう言われてはさすがに拒否できない。
「じゃあ、お言葉に甘えて」
「ああ一つだけ」
「なんでしょう。僕にできることなら」
「それを止めてほしい」
「え?」
「俺の前では風間薫でいてくれなきゃ。伊達とか言う男の知り合いは今のところいないってことさ」
「わかりました」
個室は十人ほどでも利用出来る広さでゆったりとしていた。味も島村が自慢するだけのことはあり、伊達は薫になりきったまま食事と会話を楽しんだ。
食事が終わるとデザートのワゴンを押してオーナーが挨拶に来た。五十前後のいかにも好人物らしい男だ。
「とても美味しかったですし、お店の雰囲気も良いですね」
ファンであるオーナーは薫の言葉に今にも舞い上がりそうだ。そのオーナーの視線に促され島村は苦笑しながら薫に話しかけた。
「しばらく薫ちゃんと二人きりにしてやるって勝手に約束しちゃったんだけど」
「ええ、良いですとも」
オーナーは血圧がヤバイなどとつぶやきながら満面の笑みを浮かべた。
島村とエミが隣室に入ると、気がきく、もしくは少しでも長く薫と二人きりでいたいオーナーの手配だろう豪華なデザートとコーヒーの用意がしてある。島村はウェイターを下がらせると自ら二つのカップを満たした。
「実のところ俺もあなたと二人きりというのは好都合なんだ」
「あら、助けを呼ぶべきかしら」
「あなたはたしかに美しい。でも今日のところは隣にいる人物について聞きたいんだ。もちろん中年男の方じゃない」
「出来る限りお答えしますわ。伊達くん、というより風間薫にずいぶん気を使っていただいたようだし」
「車の中であなたが言っていた彼女と付き合うという件ですが」
「勝手なお願いなのは分かっています。お断りのなるのが当然……」
「それは引き受けようと思うんです」
「一歩間違えば島村さんをとんでもないスキャンダルに巻き込むかもしれませんよ」
「見破るのは無理じゃないかなあ」
「それはまあ、確かに」
「そして風間薫は引退に?」
「ええ、本人の希望ですから」
「風間薫の演技はたしかに素晴らしい。男優としてはどうなんです」
「演技力は一流なのでそこそこ売れるとは思います。しかし不思議なことに女優としてのほうが圧倒的に上でしょうね。子役の頃から知っているうちの事務所の会長、立花も同じ意見です」
「それで?」
「会長は2、3年好きにさせて納得するのを待つつもりのようです。伊達くんに甘いんですよ」
「なら良いアイデアがあります」
二人の相談はずいぶん時間がかかり、オーナーは楽しいひとときを過ごすことができた。
<つづく>
伊達は結局ロケが終わるまで告白することができなかった。回りに人が多くて機会が少なかったこともある。そんなわけでいつもなら迷惑な食事の誘いを初めて嬉しく感じた。
島村はスタッフのお疲れさまの挨拶が終わるとすぐ話しかけてきた。
「今日こそ、食事でもどう」
「ええ、あのー、ではよろしく」
「スペイン料理で良いかな」
「特に好き嫌いは。それよりマネージャーの中山さんも一緒で良いですか」
「そうきたか」
「だめなら」
「いやいや勘違いしないで欲しいな。俺の方は全く問題ないさ。ただうちのマネージャーは同席させないぜ」
「それはもう」
願ったり叶ったりである。
「じゃあ君が着替えている間に車をまわすから。これは自前なんだ」
スタッフや共演者の囁きを背中に感じながら着替えのため近くに停められていたマイクロバスに乗る。
秋月が用意していたのは派手なオレンジ色のワンピースで胸や背の露出が大きい。
「ちょっと派手すぎますって」
「あら、でもエミさんのメールじゃスペインぽくって」
「エミさん」
男だと告白するのにこれはないだろうと非難の目でにらむ。
「今日はスタッフだけでなくロケを見学していた人もまだ大勢残っているもの」
そう言われてしまうと伊達は反論できない。おとなしく髪をまとめてもらい赤いサンダルの紐を結んだ。
待っている間も気が重い。伊達は島村が好きだった。無論香緒里がからかうような意味ではない。役者としてだけではなく、男としても尊敬できる人物であり、そばにいる人を飽きさせない気さくな人物でもあった。
悪い噂はある。舞台で活躍していた頃から女に手が早いと評判だったし、今回の作品で人気がブレイクしてからは何度か週刊紙を賑わせていた。しかし伊達に言わせれば、島村には女の方から、いや男だって、自然に引き付けられるある種のカリスマあるからそう見えるのだ。そんな魅力のある男だからこそ、これからも友人関係でいたかった。無理なら、せめて嫌われたまま別れたくはない。それには難しいのは覚悟のうえで、きちんと説明するしかないだろう。
外へ様子を見に行ったエミが車の到着をつげ、いまだに熱心に見ているファンのざわめきの中、島村のネイビーブルーのステーションワゴンの後部座席に滑り込んだ。
伊達はなかなか切り出せず、どうにかきっかけを作れたのは目的の地下駐車場に着いてからだった。もちろんいきなり信じてもらえるはずもない。
「なんの冗談なのかな」
運転席から振り向いた島村は怪訝な顔をしていた。
伊達はひたすら謝り頭を下げる。見かねたエミがそのあとを引き継ぎ、今までの経過を説明した。それでもどうにか信じてもらえたのは島村が小野寺と電話で話した後である。
「こいつは驚いたね、どうも。全国のファンばかりでなく、共演者や撮影スタッフ全員をも騙し通したわけだ」
「本当に申し訳ありませんでした」
伊達は謝るだけで頭をあげることができない。
「いや怒っている訳じゃない。むしろ感心してるのさ。プロの集団を騙し通した演技力にね」
「でも島村さんの気持ちを」
「まあ自分が風間薫に惹かれたのを今さら隠す気はないさ」
逆効果だったかと伊達は身をすくめる。
「ところで年齢も詐称なのかな」
伊達が返事をしないのでエミがプロフィール通りだと告げる。
「ふーん、演技についても僕よりずっと詳しいのに。舞台の発声方法を引きずっているって最初に指摘してくれたのは君だったろう」
舞台でデビューした島村はその劇団独特の発声と台詞回しが染み付いていた。それまで脇役とはいえ何作かテレビドラマに出たのにぱっとしなかった理由のひとつである。
「すみません。子役の頃、甘やかされていたせいか、先輩にもずけずけ言う癖があったので」
「子役って?」
しまったと思ったものの今さら隠せない。
「覚えて見えるかどうか、優は僕だったんです」
「you,your,ユウ。she,her,her,羽津(hers)優(you)ちゃん?」
「あの時もやむを得ない事情で」
「まいったなあ。好きになった娘二人が同一人物でしかも男だったとはね」
そう言うと視線を背けフロントガラスの方を向いて黙ってしまう。
なんだかわからないけど最悪らしいと伊達は思った。意図したわけはないにしても心証は最低だろう。
「伊達君だったっけ」
呼吸音が聞こえるほど静まった車中で島村がこう話しかけてくれたとき、伊達はほっとした。例えこの後罵詈雑言が続いても先程の沈黙の世界よりずっとましである。
「は、はい」
「そのー失礼かもしれないが、君はそういう趣味の人ではないの?」
「いえ全くちがいます。もちろん蔑視や偏見もないつもりですけど」
「俺もノーマルというか、多数派のつもりだったんだが、こうなると怪しいものだね、君のせいで」
「す、すみませんでした。お詫びでしたら」
「ちょっと伊達くん。契約の一部だったことは私から説明したんだし」
「でも」
「謝る必要はないさ。俺を騙したくなくて打ち明けてくれたんだろう?」
「そう言っていただくと助かります。では。エミさん」
「ええ。それでは私たちはここで」
「おいおい、ちょっと待ってほしいね。俺にも聞いてほしいことがある。それにここで逃げられたりしたら、いい笑いものだ」
伊達はエミと顔を見合わせた。
島村は伊達を見つめたまま話す。
「予約した店は、味ももちろん保証するけど、オーナーが知り合いでね。風間薫を連れていくって言ったから張り切って準備しているはずなのさ。彼も君のファンなんだ。それに個室を用意してもらったから話しもゆっくりできる」
こう言われてはさすがに拒否できない。
「じゃあ、お言葉に甘えて」
「ああ一つだけ」
「なんでしょう。僕にできることなら」
「それを止めてほしい」
「え?」
「俺の前では風間薫でいてくれなきゃ。伊達とか言う男の知り合いは今のところいないってことさ」
「わかりました」
個室は十人ほどでも利用出来る広さでゆったりとしていた。味も島村が自慢するだけのことはあり、伊達は薫になりきったまま食事と会話を楽しんだ。
食事が終わるとデザートのワゴンを押してオーナーが挨拶に来た。五十前後のいかにも好人物らしい男だ。
「とても美味しかったですし、お店の雰囲気も良いですね」
ファンであるオーナーは薫の言葉に今にも舞い上がりそうだ。そのオーナーの視線に促され島村は苦笑しながら薫に話しかけた。
「しばらく薫ちゃんと二人きりにしてやるって勝手に約束しちゃったんだけど」
「ええ、良いですとも」
オーナーは血圧がヤバイなどとつぶやきながら満面の笑みを浮かべた。
島村とエミが隣室に入ると、気がきく、もしくは少しでも長く薫と二人きりでいたいオーナーの手配だろう豪華なデザートとコーヒーの用意がしてある。島村はウェイターを下がらせると自ら二つのカップを満たした。
「実のところ俺もあなたと二人きりというのは好都合なんだ」
「あら、助けを呼ぶべきかしら」
「あなたはたしかに美しい。でも今日のところは隣にいる人物について聞きたいんだ。もちろん中年男の方じゃない」
「出来る限りお答えしますわ。伊達くん、というより風間薫にずいぶん気を使っていただいたようだし」
「車の中であなたが言っていた彼女と付き合うという件ですが」
「勝手なお願いなのは分かっています。お断りのなるのが当然……」
「それは引き受けようと思うんです」
「一歩間違えば島村さんをとんでもないスキャンダルに巻き込むかもしれませんよ」
「見破るのは無理じゃないかなあ」
「それはまあ、確かに」
「そして風間薫は引退に?」
「ええ、本人の希望ですから」
「風間薫の演技はたしかに素晴らしい。男優としてはどうなんです」
「演技力は一流なのでそこそこ売れるとは思います。しかし不思議なことに女優としてのほうが圧倒的に上でしょうね。子役の頃から知っているうちの事務所の会長、立花も同じ意見です」
「それで?」
「会長は2、3年好きにさせて納得するのを待つつもりのようです。伊達くんに甘いんですよ」
「なら良いアイデアがあります」
二人の相談はずいぶん時間がかかり、オーナーは楽しいひとときを過ごすことができた。
<つづく>
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