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「新入社員にご用心」(1) 作.ありす 挿絵.T
(1)-------------------------------------------------------
顧客先に報告するレポートを仕上げていると、2年先輩で悪戯こそ生きがいというハタ迷惑な甘井先輩が、俺の肩を叩いた。
「よぉ、小鳥遊(たかなし)。明後日の件だがな、今年も頼むぜ?」
「た、頼むって、なんでしょうか?」
「とぼけなくってもいいだろう? 新人歓迎会のことさ」
判っているさ。わざとぼけたふりをしているんです!
俺は隣の席に座っている、1年後輩の竹下を指さして言った。
「去年はえらい目に合いましたからね。このバカのせいで。だから今年は勘弁して下さい」
「酷い目にあったのは僕の方ですよ! キスまでしちゃったんですから!!」
何いってるんだ。お前は笑いもので済んだが、俺の方はトラウマになったぞ!
このボケ後輩め!!
思い出しただけでも怖気が来る。
――去年の新人歓迎会。俺は甘井先輩の悪巧みで、女装して参加させられたのだった。
自分で言うのも恥ずかしいが、俺は背も小さく華奢な体。おまけに女顔で、色白だった。
そんな俺は大学のミスコンで、この甘井先輩の企みで女装させられ、見事ブッチギリの優勝をしてしまったことがあるのだ。さすがに騙し続けるのに後ろめたさを感じた俺は、優勝トロフィーを抱えて事実をぶちまけた。
その時のコンテスト参加者、審査員を始め居並ぶ教授陣や学生たちの罵声と歓声といったら……。
歴史と伝統があり、芸能界への隠れた登竜門としても有名であった我が母校。
その文化祭のミスコンに、翌年から女装部門が新たに設けられたのも、自分が原因かと思うと今でも複雑な思いだ。
そんな過去をもつ俺が、この就職難の時代にあって今の会社に難なく就職できたのも、先輩のおかげではある。それも中堅とはいえ、老舗企業の本社だ。
だが、まさかこんなことをさせるために、俺を自分と同じ会社に誘ったわけじゃあるまいな?
閑話休題。
去年の新人歓迎会では、まだ右も左もわからない新人を女装した俺が誘惑して酒を飲ませ、調子に乗ったところで事実をバラして、笑い者にする……という計画だったのだ。
だが、ターゲットとなった竹下は、意外にも酒が強かった。
奴が理性のタガを外す頃には、こっちもすっかり酔っ払ってしまっていて、奴の劣情を催すには、充分なほどの隙を見せてしまっていた。
完全に開き直っていた俺は、嘘と虚構で塗り固めた愛の言葉を竹下の耳元で囁いていたら、急に抱きしめられ、所属部員全員の衆目の中、熱烈なキスを受けてしまっていたのだった。
「去年は大いにウケたからな。おかげで今年は他の部からも参加したいと、内線電話がひっきりなしにかかってくるんだぞ?」
「嫌です」
俺は短くはっきりと拒否した。
だが、去年のターゲットだった竹下が食い下がる。
「先輩!! 俺だけが笑いものだなんて、あんまりです! 今年もやってください」
「竹下、引っ掛けた俺だって笑い者になっているんだぞ? というか、お前に抱きしめられた時のおぞましい感覚がよみがえってきたじゃないか!」
「小鳥遊。今年は役員連中も参加するそうだ。これが歓迎会の会費にどんな影響があるか、わからないお前ではないよな?」
「そんなの、俺は知りません!」
「頼むぜ小鳥遊。メインイベントなしでは、俺の興行師としての立場がな……」
「いつから新人歓迎会は、妙な出し物のイベントになったんですか、先輩!!」
「もちろん、お前の参加費用は完全無料だ。当然衣装その他の費用も全てこちら持ち」
「……それだけですか?」
「むむむ……。では一週間、トモエ食堂のAランチ奢り!」
「のった!」
う、しまった。つい……。
先輩はニンマリと笑みを浮かべると続けた。
「んじゃ、頼んだぞ! 必要な物があれば何でも言ってくれ。用意しておくから。それと今年は女子社員有志が、じっくりとメイクとコーディネイトをしてくれる。期待してるぞ。小鳥遊!」
ああ、買ったばかりの車のローンさえなければ、たかがAランチ程度に釣られることもなかったのに……。
*---*---*---*---*---*---*---*---*---*---*
と、そんな事があった2日後の、新人歓迎会当日。
“今年は更なるグレードアップを!” と、女子社員の先輩やら同期から、よってたかって逆セクハラまがいの着替えと特殊(?)メイクをされた。当然ムダ毛処理も。
ああぁ、暫くは温泉だのプールだのは、行けなくなったな……。
だが、大きな姿見の前に立たされた俺自身が驚いた。
「こ、これが俺か!?」
鏡には、自分でも信じられないほどの美少女が映っていた。
軽いウェーブのかかったウィッグ。顔はあれほど時間を掛けたと言うのに、そんなことを微塵も感じさせないナチュラルメイク。春らしい淡いピンクのワンピースの胸元からは、作り物の胸の谷間が品良くのぞいている。
胸の谷間……? 一体どうやったらこんなモノが創れるのだ?
天地創造を6日間で成したという神だって、呆れるに違いない。
そして腰にはブラウスの色と合わせた大きめの布が巻かれ、リボンのように結ばれていた。
さすがにプロ(?)の変身術は違う。これじゃ誰が見ても完璧な美少女だ。
あまりの変貌ぶりに、呆けていると満足気な先輩女子社員が言った。
「コンセプトは“春の萌え萌え美少女”。変身させたあたしたちも、びっくりしちゃうぐらいのデキね。小鳥遊くん、本格的にそっちの方向へ進んでみたら?」
「……ウチの会社のどこに、こんな妙な特技を生かせる部門があると言うんです?」
「営業とか秘書? 契約たくさん取れるかもよ?」
「こんな姿で仕事に就けだなんて、社長命令でも嫌ですよ」
「ま、それは後で役員会議にかけてもらうとして」
「かけないでください!」
「秘書課の先輩にも、推薦状をお願いしておいたほうが、いいかなぁ?」
「人の話を聞いていませんね?」
そんな俺の不平を意に介さない様子の彼女は、仕上げとばかりに俺の髪に小さなピンク色の花の飾りのついた、ヘアピンを刺した。
「それよりももう一度鏡を良く見て」

一歩間違えばキャバ嬢のような姿を、こんな小物一つで良いとこのお嬢様風に変身させた。
全く不思議な技を持っているな。彼女は!
「どう? かわいいでしょう?] 自分に惚れちゃったりしない?」
「う、それは、まぁ……って! 僕にはそんな趣味はありません!」
「まぁまぁ。それより記念写真撮りましょ?」
「嫌だと言っても撮るんでしょう? やっぱり引き受けるんじゃなかったなぁ……」
「そんな顔しない! 美少女が台なしよ」
「へいへい……って! 良く見たら眉毛まで剃っちゃって。どうするんです?」
「だって、あなたの眉毛太いんですもの。それに、男の人でも眉毛そっている人、いるじゃない?」
「スキンヘッドのヤ○ザじゃあるまいし……」
「これを機会に、暫くは毎日メイクして、女装でいるとか」
「絶対に嫌です!」
そんなやりとりの後、準備の整った俺は、女子社員達に混じって会場に向かった。
会場は事務所の隣にある、ホテルのレストランを貸し切っていた。
立食形式だが、豪勢なことだ。この不景気に。
しかしこの人数はなんだ? 甘井先輩め、いったい俺をどうしたいんだ?
そういえば、役員も呼んだと言っていたな。
思っていたよりも規模の大きな会場に一瞬気後れした俺だったが、先輩女子達に促されるようにして、会場へと足を踏み入れた。
男ばかりの会場に花を添える女子社員一団の登場で、歓迎の声が上がった。
注目の的になっているのは言うまでもない。困ったことに俺自身だ。
なぜなら、女子社員たちは俺が目立つようにと、わざと地味な格好をしているからだ。
そこまでしますか? キミたち!
既に俺たち以外の全員が揃っていた会場の、至る所で会話が交わされている。
事情を知っている同じ課の連中の、信じられないという呻き声。
そして事情を知らない他の課や事業部の連中の、“あれは一体どこの課の娘だ?”というあからさまな好奇な目とひそひそ話。
役員の中にも、自分の部下に耳打ちしているのが居る……って社長まで来ているのかよ!!
いつの間にか、本来ならば配属部毎に行われるはずの新人歓迎会は、全社イベントに変わり果てている。
こ、これは……、新人を引っ掛けるのはいいが、大丈夫か?
もしかして、冗談ではすまないことになるんじゃ?
この時に俺が感じていた漠然とした不安が、予想を遥かに超える形で的中するなどとは、まだ微塵も思っていなかった。
<つづく>
顧客先に報告するレポートを仕上げていると、2年先輩で悪戯こそ生きがいというハタ迷惑な甘井先輩が、俺の肩を叩いた。
「よぉ、小鳥遊(たかなし)。明後日の件だがな、今年も頼むぜ?」
「た、頼むって、なんでしょうか?」
「とぼけなくってもいいだろう? 新人歓迎会のことさ」
判っているさ。わざとぼけたふりをしているんです!
俺は隣の席に座っている、1年後輩の竹下を指さして言った。
「去年はえらい目に合いましたからね。このバカのせいで。だから今年は勘弁して下さい」
「酷い目にあったのは僕の方ですよ! キスまでしちゃったんですから!!」
何いってるんだ。お前は笑いもので済んだが、俺の方はトラウマになったぞ!
このボケ後輩め!!
思い出しただけでも怖気が来る。
――去年の新人歓迎会。俺は甘井先輩の悪巧みで、女装して参加させられたのだった。
自分で言うのも恥ずかしいが、俺は背も小さく華奢な体。おまけに女顔で、色白だった。
そんな俺は大学のミスコンで、この甘井先輩の企みで女装させられ、見事ブッチギリの優勝をしてしまったことがあるのだ。さすがに騙し続けるのに後ろめたさを感じた俺は、優勝トロフィーを抱えて事実をぶちまけた。
その時のコンテスト参加者、審査員を始め居並ぶ教授陣や学生たちの罵声と歓声といったら……。
歴史と伝統があり、芸能界への隠れた登竜門としても有名であった我が母校。
その文化祭のミスコンに、翌年から女装部門が新たに設けられたのも、自分が原因かと思うと今でも複雑な思いだ。
そんな過去をもつ俺が、この就職難の時代にあって今の会社に難なく就職できたのも、先輩のおかげではある。それも中堅とはいえ、老舗企業の本社だ。
だが、まさかこんなことをさせるために、俺を自分と同じ会社に誘ったわけじゃあるまいな?
閑話休題。
去年の新人歓迎会では、まだ右も左もわからない新人を女装した俺が誘惑して酒を飲ませ、調子に乗ったところで事実をバラして、笑い者にする……という計画だったのだ。
だが、ターゲットとなった竹下は、意外にも酒が強かった。
奴が理性のタガを外す頃には、こっちもすっかり酔っ払ってしまっていて、奴の劣情を催すには、充分なほどの隙を見せてしまっていた。
完全に開き直っていた俺は、嘘と虚構で塗り固めた愛の言葉を竹下の耳元で囁いていたら、急に抱きしめられ、所属部員全員の衆目の中、熱烈なキスを受けてしまっていたのだった。
「去年は大いにウケたからな。おかげで今年は他の部からも参加したいと、内線電話がひっきりなしにかかってくるんだぞ?」
「嫌です」
俺は短くはっきりと拒否した。
だが、去年のターゲットだった竹下が食い下がる。
「先輩!! 俺だけが笑いものだなんて、あんまりです! 今年もやってください」
「竹下、引っ掛けた俺だって笑い者になっているんだぞ? というか、お前に抱きしめられた時のおぞましい感覚がよみがえってきたじゃないか!」
「小鳥遊。今年は役員連中も参加するそうだ。これが歓迎会の会費にどんな影響があるか、わからないお前ではないよな?」
「そんなの、俺は知りません!」
「頼むぜ小鳥遊。メインイベントなしでは、俺の興行師としての立場がな……」
「いつから新人歓迎会は、妙な出し物のイベントになったんですか、先輩!!」
「もちろん、お前の参加費用は完全無料だ。当然衣装その他の費用も全てこちら持ち」
「……それだけですか?」
「むむむ……。では一週間、トモエ食堂のAランチ奢り!」
「のった!」
う、しまった。つい……。
先輩はニンマリと笑みを浮かべると続けた。
「んじゃ、頼んだぞ! 必要な物があれば何でも言ってくれ。用意しておくから。それと今年は女子社員有志が、じっくりとメイクとコーディネイトをしてくれる。期待してるぞ。小鳥遊!」
ああ、買ったばかりの車のローンさえなければ、たかがAランチ程度に釣られることもなかったのに……。
と、そんな事があった2日後の、新人歓迎会当日。
“今年は更なるグレードアップを!” と、女子社員の先輩やら同期から、よってたかって逆セクハラまがいの着替えと特殊(?)メイクをされた。当然ムダ毛処理も。
ああぁ、暫くは温泉だのプールだのは、行けなくなったな……。
だが、大きな姿見の前に立たされた俺自身が驚いた。
「こ、これが俺か!?」
鏡には、自分でも信じられないほどの美少女が映っていた。
軽いウェーブのかかったウィッグ。顔はあれほど時間を掛けたと言うのに、そんなことを微塵も感じさせないナチュラルメイク。春らしい淡いピンクのワンピースの胸元からは、作り物の胸の谷間が品良くのぞいている。
胸の谷間……? 一体どうやったらこんなモノが創れるのだ?
天地創造を6日間で成したという神だって、呆れるに違いない。
そして腰にはブラウスの色と合わせた大きめの布が巻かれ、リボンのように結ばれていた。
さすがにプロ(?)の変身術は違う。これじゃ誰が見ても完璧な美少女だ。
あまりの変貌ぶりに、呆けていると満足気な先輩女子社員が言った。
「コンセプトは“春の萌え萌え美少女”。変身させたあたしたちも、びっくりしちゃうぐらいのデキね。小鳥遊くん、本格的にそっちの方向へ進んでみたら?」
「……ウチの会社のどこに、こんな妙な特技を生かせる部門があると言うんです?」
「営業とか秘書? 契約たくさん取れるかもよ?」
「こんな姿で仕事に就けだなんて、社長命令でも嫌ですよ」
「ま、それは後で役員会議にかけてもらうとして」
「かけないでください!」
「秘書課の先輩にも、推薦状をお願いしておいたほうが、いいかなぁ?」
「人の話を聞いていませんね?」
そんな俺の不平を意に介さない様子の彼女は、仕上げとばかりに俺の髪に小さなピンク色の花の飾りのついた、ヘアピンを刺した。
「それよりももう一度鏡を良く見て」

一歩間違えばキャバ嬢のような姿を、こんな小物一つで良いとこのお嬢様風に変身させた。
全く不思議な技を持っているな。彼女は!
「どう? かわいいでしょう?] 自分に惚れちゃったりしない?」
「う、それは、まぁ……って! 僕にはそんな趣味はありません!」
「まぁまぁ。それより記念写真撮りましょ?」
「嫌だと言っても撮るんでしょう? やっぱり引き受けるんじゃなかったなぁ……」
「そんな顔しない! 美少女が台なしよ」
「へいへい……って! 良く見たら眉毛まで剃っちゃって。どうするんです?」
「だって、あなたの眉毛太いんですもの。それに、男の人でも眉毛そっている人、いるじゃない?」
「スキンヘッドのヤ○ザじゃあるまいし……」
「これを機会に、暫くは毎日メイクして、女装でいるとか」
「絶対に嫌です!」
そんなやりとりの後、準備の整った俺は、女子社員達に混じって会場に向かった。
会場は事務所の隣にある、ホテルのレストランを貸し切っていた。
立食形式だが、豪勢なことだ。この不景気に。
しかしこの人数はなんだ? 甘井先輩め、いったい俺をどうしたいんだ?
そういえば、役員も呼んだと言っていたな。
思っていたよりも規模の大きな会場に一瞬気後れした俺だったが、先輩女子達に促されるようにして、会場へと足を踏み入れた。
男ばかりの会場に花を添える女子社員一団の登場で、歓迎の声が上がった。
注目の的になっているのは言うまでもない。困ったことに俺自身だ。
なぜなら、女子社員たちは俺が目立つようにと、わざと地味な格好をしているからだ。
そこまでしますか? キミたち!
既に俺たち以外の全員が揃っていた会場の、至る所で会話が交わされている。
事情を知っている同じ課の連中の、信じられないという呻き声。
そして事情を知らない他の課や事業部の連中の、“あれは一体どこの課の娘だ?”というあからさまな好奇な目とひそひそ話。
役員の中にも、自分の部下に耳打ちしているのが居る……って社長まで来ているのかよ!!
いつの間にか、本来ならば配属部毎に行われるはずの新人歓迎会は、全社イベントに変わり果てている。
こ、これは……、新人を引っ掛けるのはいいが、大丈夫か?
もしかして、冗談ではすまないことになるんじゃ?
この時に俺が感じていた漠然とした不安が、予想を遥かに超える形で的中するなどとは、まだ微塵も思っていなかった。
<つづく>
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