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『新入社員はご用心』

作.うずら
挿絵.T

 詰め込まれた研修室であくびをかみ殺す。……殺すってどういうことなのだろう。実際に口を閉じてはいるものの、あくび自体はでているわけで。死んでないよな。
 春のうららかな日差しの中、夢と現のセンターラインをさまよいながらぼうっと考える。いや、考えている気になっているだけで、ほんとうはただの夢なのかもしれない。
 これじゃだめだ。思い直して、姿勢を正す。前や横には、おれと同じように新しいスーツを着た若者が何人も座っている。
 ノートにメモを取ってるやつ。睡魔と戦ってるやつ。すでに降伏したやつ。一番多いのは、おれも含めて真ん中だ。でも、それも致し方ないと思う。
 ぬるまゆい学生生活を自堕落に過ごしてきた人間は、きっと多い。それがたかが十日間程度でいっぱしの社会人になれるわけがない。わかりきっていることだ。
 ああ、ちゃんと聞かないと。そう思うのに、講師担当のなんとかさんの言うことが全然頭に入ってこない。
「寝ているのもいるけどな、これからの人生を左右するんだから、ちゃんと――」
 ああ、だめだ、ねむい……。

 ――長い。そのうえ多い。そして決まりきった一言が添えられる。
「社員の私生活を応援します」
 これが新入社員歓迎会でなかったら、通販のコマーシャルか悪徳商法の客引きかと勘違いしかねない。
 隣の部屋から歓声が漏れ聞こえてくる。そのすぐ後に、轟きと言っていいようなどよめきまで。ずいぶんと盛り上がっているみたいだ。
 それに引き換え、こっちは……。前に並ばされて緊張していたけれど、社長に常務に専務に取締役に……。ぞろぞろと出てきたお偉いさま方の決め台詞に大分飽き飽きしてきた。うんざりといってもいいかもしれない。
 もちろん、おれも横に居る同期も、その文句に惹かれて入ってきたのは間違いない。ただ揃いも揃って同じ文句を垂れ流されると、逆に不安になってくる。
 言えば言うほど怪しいってわけでもないけど、こびり付いてくる不信感はぬぐえない。
 もっとも、それより問題なのは、ずっと続いている眠気だったりする。少し身体を動かしたり、あくびにとどめを刺す方法を考えてたりしても、まぶたは落ちてくる。あとこの状況が五分も続いていたら、立ったまま寝ていたかもしれない。
「以上で私からのお祝いの言葉とさせていただきます」
「ありがとうございました。……さて、それではお待ちかねの時間がやってまいりました!」
 司会のなんとかさんが言うなり、会場のボルテージが一気に高まった。
 地鳴りのような雄たけびと、黄色い歓声。あまりのテンションの違いに、一気に意識が覚醒させられる。
 一応ここ、ホテルなんだけど……出入り禁止とかになりそうな勢いだ。ああ、でも隣も大丈夫そうだったし、いいのか。案外ホテルってなんでもありなのかもしれない。
 でも、いったいなんだっていうんだ。日本社会にありがちな、強制一発芸とかだろうか。それにしてはこの盛り上がりは、おかしい気がする。
「なんか、知ってるか?」
 顔をあげて、隣のノッポにささやく。途端、何を言っているんだといわんばかりに、眉間にしわが寄った。
 別に睨んでいるわけでもないだろうけど、険しい顔で見下ろされるのは心中穏やかでいられない。
「なんだよ?」
「知らないのが、逆に驚きだよ。今日の昼に説明されたし……そもそも……もしかして、知らずに入ってきたわけないよね」
 今度は鼻で嗤われてしまった。いままでならいざ知らず、ここで殴りかかるわけにはいかない。おれは大人、おれは社会人……。
「いまここに居るみなさんのなかで、ルールを知らない人は……っているわけありませんね。それでは始めさせていただきます!」
 合図があるなり、ガラガラと台車が運ばれてくる。その上に載っているのは……ルーレット? 見ると大小入り混じった枠には営業、開発……などと書かれている。
 何日か前につめこまれた知識を引っ張り出す。枠のサイズと人員の割合が、だいたい同じぐらいのようだ。たぶん、きっと、そのはず。え、で、これ、どうするの?
「さあ、それでは飯田くん、どうぞ」
 呼ばれてルーレットの前に立たされた飯田某くん。同期の中では社員番号が一番若い。要は、五十音順のトップ。その彼に針……ダーツの矢が手渡された。
 もしかして、これで配属が決まる、のか? マジかよ。大丈夫か、そんな適当で、この会社。いや、どう考えてもダメだろ。入社二週間で後悔する羽目になるとは思わなかった。
 でも、そんなことを思っているのはおれだけみたいで。先輩達も同期もノリノリだ。社長まで、ちゃんと狙えよなどと声を出している。
「それでは、ルーレット、スタートっ!」
 先輩社員が二人、大きな板を力いっぱい回す。すごい勢いだ。文字どころか、枠の色すら判別がつかない。
 ややあって、飯田くんが投げた。回転が弱くなり、刺さっていたそこは――
「飯田くん、営業です!」
 大きな歓声と小さなブーイング。まあ、比率も一番多いし。ただ、もっさりしたイメージの彼には荷が重いような。……ってあれ、あいつあんなにスマートだったっけ?
 見た目が変わっているわけではない、よな。でも、なんだか身のこなしにキレがあるというか、洗練されている印象を受ける。営業になったから、気が引き締まったとか? いやいや、人間そんな簡単な生き物じゃないだろう。
 そうこうしているうちに次から次へと同期の配属先が決まっていく。短い付き合いだから、それぞれの深いところまで知っているわけでは、当然ない。でも、明らかにこのルーレットはおかしい。
 飯田くんだけではない。開発に当たったやつが急に生真面目な表情になったり。営業に当たったノッポのしかめっ面が柔らかくなったり。
 って、あとおれだけか!?
「それでは最後、渡良瀬くん。今年はもうひとつ盛り上がりに掛けるので、トリの彼には期待したいと思います!」
 会場の熱気にやられたのか、それとも場の空気のなせる業か。頭がぼうっとして、身体が勝手に動くような錯覚に陥った。手渡された矢の感触すらあいまいだ。
 それでも、構えて、投げた。
 どくんどくんと心臓が跳ねる。
「さあ……渡良瀬くんは……、おおおおお!?」
 おれの矢は、細い細いピンクの枠で。今までにない大歓声が沸き起こる。
「なんとなんと、ここで秘書課だあ!!」
 ぐにゃりと視界が歪んだ。テレビである幽体離脱のように、自分が自分を見下ろしている感覚。
 手足が小さく、細くなっていく。胴周りや肩幅、胸板もひどく華奢に。目はぱっちりと大きく、対照的に鼻や口は小ぶりに。とがっていたアゴはきれいな曲線を描く。
 髪が一瞬持ち上がったかと思うと、ふわふわとウェーブのかかったロングヘアが降っていく。
 だぼだぼになった黒いリクルートスーツがぐにょぐにょと形を変える。襟や袖口が丸みを帯び、白く身体にフィットしたものになっていく。ネクタイもボウタイになり、ワイシャツもフリルのついたブラウスへと変わった。
 固い革靴がきゅっと縮まり、ヒールがかかとを押し上げる。すべすべの生脚を薄く広がった靴下が覆いつくす。
「ひっ」
 その感触に小さく悲鳴を上げたとき、おれはおれの中に戻ってきた。
「あ、え……これ……」
 か細い声。顔をさわっても、身体をさわっても自分のものではないことしかわからない。
「渡良瀬くん、いや、渡良瀬さん、今のお気持ちは?」
 聞いておきながら司会の先輩はおれからマイクを遠ざける。
「あの、これ、おれ、もとに……」
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「ふんふん……なんとなんと、こんなにかわいい女の子になれて嬉しいです! とのコメントでした!!」
「ち、ちがっ」
「さあ、それではみなさん、しばしご歓談をお楽しみください!」
 司会の先輩がそういうなり小走りに立ち去った。
 追いすがろうとしたおれの前に、甘い壁が立ちふさがった。驚きのあまり、情けない声が出てしまう。
「ひぅっ」
「渡良瀬さん、これから女の子としての心得から、全部教えてあげるからね」
「でも、すごくかわいくなったよねー」
「ほんとほんと。ちっちゃいし、なんか小動物チックだし」
 気がつくと、明らかにおれよりでっかいお姉さま方に、四方を囲まれていた。
「それじゃ、せーのっ」
「「「ようこそ、秘書課へ」」」

 おれの下宿はその日のうちに、女子寮へと移された。下着も服も本も、すべて女性用に変えられたうえで……。
 たしかに“私生活を応援”しているかもしれないけど……。
「こんなのってないよーっ!!」

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