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子供の神様 (31) by.アイニス

(31)

 ずかずかと歩く伍良に引きずられる形で祐輔も歩き出す。何だか祐輔はずっとぼんやりしていて、伍良は手を放すタイミングを見失った。結局は手を繋いだままスポーツ用品店の前まで来ていた。
「おいおい、しゃんとしろよ。もう到着したぞ」
「伍良の手って思ったよりも華奢だな。もっと力強い印象があった」
「……いきなり恥ずかしくなるようなことを言うなよ。俺は女の中では力が強い方だぞ」
 女になって手が繊細になっている自覚はあっても、友人に指摘されたのはショックだった。祐輔の頭の中では男だった頃の伍良の手の印象が残っているのだろう。それを崩すことになったのは面白くない。伍良は繋いだままの手を振り払うようにほどいた。
「女になってしまったんだから仕方ないだろ……」
「伍良と一緒にいると男友達といるように錯覚することがあるよ。昔の伍良は男に混じって遊んでいて、誰にも負けないくらい強かったからかなぁ」
 ぼそっと伍良は不満を口にする。祐輔は不思議そうな顔でまだ伍良の体温が残る手を見詰めていた。
 気を取り直してスポーツ用品店に入ると、それだけで伍良の機嫌は回復した。色々な商品を見ているだけでも楽しい。サッカーに限らず伍良はスポーツが好きなのだ。プロ選手が使っているのと同じモデルの商品を見るだけで心がウキウキしてくる。
「最近は手芸に凝っているようだからスポーツに興味がなくなったかと思ったよ」
「そんなことはない。俺は今でも体を動かすのは好きだな。スポーツウェアを買っていこうかなぁ」
 祐輔のシューズ選びをそっちのけでついつい店内を見回っていた。それに祐輔は文句を言うこともなく伍良の後ろについてくる。目を輝かしてスポーツグッズを眺める伍良を友人は楽しそうに見ていた。
「これは恰好いいのになぁ。サイズが合いそうもないか」
「それに男性用だよ」
「女性用でも同じのがあればなぁ」
 気に入ったデザインのスポーツウェアがあったが、残念なことに体格が合いそうもない。
「祐輔が試しに着てみてくれよ」
 男だった頃の伍良と祐輔は身長がほぼ同じだ。伍良が男のままならどんな感じに着こなせたか想像したくて祐輔に着用を頼んでみた。
「なかなかいいな。男ぶりが上がって恰好いいぞ。俺も着たかったなぁ」
「そ、そうか。予定にはなかったけど、伍良が褒めるなら買っていこうかな」
 風と雷をモチーフにデザインされたスポーツウェアを着た祐輔は勇ましく見えた。やけに祐輔が凛々しく思えて、つい見入ってしまう。男としての羨ましさや憧れと同時に、女としての好意が伍良の中で芽生えていた。
 祐輔はスポーツウェアを買うことにしたが、伍良はなかなか気に入ったデザインを見つけられずにいた。どうしても男のウェアばかりに目がいくのでサイズが合わない。
「伍良ならこのウェアが似合いそうだよ」
「それかぁ。洗練されているとは思うけど、色が明るすぎないか」
 伍良が迷っていると、祐輔がピンクの薔薇のような明るい色のスポーツウェアを指差した。折角祐輔が助言してくれたので言葉を取り繕ったが、甘い色合いなのでそんなに趣味じゃない。それでも別の視点からの新たな発見があるかと思って、試しに着てみることにした。
「思ったよりもいい感じだ。うん、これはこれでありかな」
「明るい雰囲気で爽やかだね。伍良に合っていると思う」
 外で使う衣服にピンクというのは抵抗があったが、実際に着てみると健康的な色気が感じられて悪くない。いつもとは違う魅力が感じられる格好だ。
「祐輔がいいと思うならこれにするか。俺も気に入ったよ」
 なるべく男物に近いデザインのものを買おうと思っていたが、祐輔の選んだスポーツウェアは今の伍良の姿にマッチしている。女でいるうちは今の容姿に似合う服なら何でも構わないという気がしてきた。それに体にフィットしていて動きやすそうだというのも大きい。
「余所見ばかりしてしまうな。ここにはシューズを選びに来たのに」
「急ぐわけじゃないから別に構わないよ」
 スポーツウェアを選んだところで本来の目的を思い出し、伍良は苦笑しながらシューズを見に行った。このところスポーツ関連のことから遠ざかっていたので、興味の赴くままに行動してしまった。
「ほどほどの価格で祐輔の足に合うのはどれかな」
 履き心地を重視して何足も祐輔にシューズを試着してもらう。同じサイズの靴でもメーカーによって微妙に大きさが違うのだ。
「つま先で立ってみてくれ」
「ちょっときついかな。指が自由に動かない」
「それじゃ駄目だな。こっちはどうだろ」
 足に負担が少なくて動きやすいものを探す。サッカーのことになると伍良は真剣でこだわってしまう。スポーツ少年の顔に戻って、伍良は祐輔と一緒にシューズを探した。そのかいあって納得のいくものを購入できた。
「久しぶりにサッカー部としての連帯感を感じたなぁ」
「伍良のお陰でいいシューズを買えたよ」
 祐輔のシューズ選びの手伝いをしたことで、サッカー部に所属している気分に戻れた。スポーツ用品店から出ても達成感があって伍良は機嫌が良かった。
「俺もサッカーシューズを買ったからさ。これから広場でサッカーをしようぜ」
「えっ、これから遊びに行かないのか?」
 伍良の提案に祐輔が驚いたような顔をする。これからサッカーをするのは想定外だったようだ。だが、伍良はサッカーがしたくてたまらなかった。それには相手がいる方が好都合だ。
「祐輔と一緒にサッカーがしたいんだけど駄目かな?」
「う、うーん」
 可愛く小首を傾げて祐輔に頼んでみる。上目遣いで祐輔の顔を覗き込んでみた。女としての可愛らしさを悪用したが、それだけサッカーがしたかったのだ。
「お願いだからさ。俺と一緒にサッカーをしようよ」
 悩んだままなかなか首を縦に振らない祐輔に対して、伍良は優しく手を握ってお願いしてみた。男としてはやはり可愛い女に頼み事をされると弱いらしい。それは長年の友人であっても同じようだ。
「仕方ないなぁ。わかったよ」
「やった!」
 両手を上げて喜ぶと、テンションの上がった伍良は小走りで家にサッカーボールを取りに行く。距離を離された祐輔はやれやれと肩を竦めていた。
「最近は女らしくなってきたけど、またサッカー少年みたいな顔になっているね。そんな伍良も好きだけどさ」
 軽く溜息を吐くと、祐輔は駆け足で伍良を追いかけた。

(女に振り回されて、あの男が少し哀れじゃなぁ)
 伍良が買ったばかりのスポーツウェアに着替えていると、瑞穂が祐輔を気の毒がっていた。祐輔は伍良の自宅の前で待っている。
(女とこれから遊ぶということで、男の方は気合が入っておったからなぁ)
「そうかぁ? 祐輔は俺とならいつでも遊べるはずだろ。瑞穂の考え過ぎだ」
(そうかのぉ。靴を選ぶ手伝いをして欲しいというのは、伍良を誘う口実だと思ったのじゃが)
「そんな回りくどいことをするような奴じゃないと思ったけどなぁ」
 祐輔とは気兼ねない友人関係を築いてきた。何の遠慮もいらないはずだ。
(男同士のままだったら、相手も気楽でいられたじゃろう。だが、男と女になったことで、異性を意識していると思うぞ)
「そうなのか。でも、それは年頃の男なら女の子に持つ自然な感情じゃないのか。俺だけが特別じゃない」
 伍良も男のままだったら、可愛い女の子と一緒に遊べたら楽しかったはずだ。祐輔が意識してしまうのは相手が女だからであって、それは伍良に限った話ではないと思う。
(ふむ、それもありうる話か)
「あまり変なことを言うなよ。俺も異性として祐輔を意識しちゃうじゃないか。面と向かったら顔を見られなくなりそうだ」
 今までの友人関係はなるべくそのままでいたい。祐輔に異性としての男性を感じることはあったが、体が女になった気の迷いだと思いたかった。これ以上の悩み事を抱えたら、頭がパンクしてしまう。
「待たせて悪いな。俺の部屋を使えばいいと思ったけど、もうスポーツウェアに着替えたのか」
「壁に隠れて素早く着替えたから問題ないよ」
 伍良が玄関から出ると、祐輔もスポーツウェアに着替え終わっていた。どうやら家の敷地で着替えたらしい。以前なら一緒に伍良の部屋で着替えたはずだ。男を外で待たせることが当たり前の対応になっている。女として学校に通って女子の集団に混じっているうちに無意識に男女を区別していた。女に馴染んでいるのだろう。
「やっぱり恰好いいな」
 スマートなスポーツウェアを着た祐輔は、精悍な顔立ちが引き立っている。瑞穂が余計なことを言ったせいで、友人の顔を見ると変にドキドキしそうだった。

子供の神様 (30) by.アイニス

(30)

 開店準備が整った頃、祐輔が喫茶店に顔を出した。これからサッカーの自主練で学校に行くらしい。
「喫茶店の手伝い、よろしく頼む」
「俺もサッカーの練習に参加したいよ」
 休日でも以前の伍良は積極的にサッカーの練習に参加したものだ。羨ましそうな顔で伍良は祐輔を見送った。体を動かしたくてたまらなくなる。こうなったら一生懸命働いて、仕事の汗を流すしかないだろう。
「いらっしゃいませ」
 最初に入ってきたのは、以前に出会った男性客だ。オムライスにケチャップで絵を描かせたので、マスターの馴染の客のことはよく覚えていた。
「一番乗りというのは気持ちがいいな。今日は伍良ちゃんもいるんだね。こいつはラッキーだ」
「こ、こんにちは」
 男性客に名前を呼ばれたことに驚いて、伍良はぺこりと頭を下げた。この喫茶店ではまだウェイトレスの存在が珍しいとはいえ、記憶力のいい人だ。
「文哉さん、今日は早いね」
「徹夜明けでまだ寝てないからね。コーヒーは濃いので頼むよ」
 文哉という青年は、目をしょぼしょぼとさせていた。一仕事終えたばかりで疲れているようで、肩の辺りを手で揉んでいる。
「食事はオムライスを貰おうかな。ろくなものも食べずに集中していたから、今にも倒れそうだ」
 伍良の予想通りに文哉はオムライスを注文した。きっと伍良にイラストも頼んでくるだろう。今回は前回のリベンジだ。朝食の目玉焼きで毎日絵を描く練習をしてきた。両親の目玉焼きも使って訓練に励んできたのだ。その成果を今こそ生かさねばならない。
 文哉に続いて喫茶店に入ってくる客の案内をしながら、伍良はオムライスの完成を待ち焦がれていた。
「伍良ちゃん、オムライスにケチャップをかけてよ」
「はい、任せてください」
 文哉に声をかけられた伍良は、ガッツポーズを決めそうになった。これで特訓の成果を披露できる。わざわざ絵を描くのに適したマイケチャップまで用意したのだ。
「今日はやけに自信ありげだね」
「少しは訓練しましたから」
 不敵な笑顔でオムライスの前に立つと、伍良は流れるような手使いでケチャップを動かした。黄色いオムライスに綺麗な赤色が舞う。
「ふぅ、こんなところですか」
「見事だなぁ。目が覚めたよ。まさかここまで上達しているとは思わなかった」
「上手いものだなぁ。伍良ちゃんは手先が器用だね」
 オムライスにはピースをしたツインテールの少女が描かれていた。片目を閉じて弾けるように笑っている。会心の出来だった。

30_20150930235046038.jpg
挿絵:菓子之助

「これは食べるのがもったいないな」
「冷めないうちに食べてくださいね。これくらいは手間じゃないので、また来て注文してくれればいいです」
 実際はかなり集中力が必要だったが、オムライスは温かいうちに食べた方が美味しい。伍良は軽く言って、文哉に食事を促した。
「そんなサービスもあるのか。それじゃ俺もオムライスを頼もうかな」
「こっちもオムライスを頼むよ。ウェイトレスさんのイラスト付きでね」
 伍良が何をしているのかと思って、後ろに他の客が集まってきていた。ケチャップで描かれた可愛いイラストを見て、次々と同じものをリクエストしてくる。伍良はしまったと思ったが、一人だけ特別ですとは言いにくい。
「わ、わかりました」
 仕方なく今いる客の分だけオムライスに絵を描くことにする。神経を使う作業ではあるが、褒められればやっぱり嬉しい。数人の客で終わると楽観的に考えていたのだが、次に入ってきた客も伍良が絵を描く姿を見てオムライスを注文してきた。
「き、きりがない」
 物珍しさもあって連鎖的にオムライスを注文される羽目になった。なかなか絵を描くサービスを止める切っ掛けを掴めない。店の売上には貢献することになったが、伍良の負担は増す結果になった。

「今日は疲れたなぁ。頬の筋肉が痙攣している」
 一日中接客モードだったので、笑顔を続けていた頬がピクピクしていた。朝から晩まで働いたのは初めてなのでくたくただ。いつも表情には余裕のあるマスターの顔にも疲れが滲んでいた。
「今日はお客さんが多かったよ。伍良ちゃんの噂を聞いてオムライスを食べに来たお客さんもいたから、危うく卵が切れそうだった」
「……男性客ばかりでしたね」
 都会と違って地方にある店では珍しいサービスだったのだろう。それにメイド姿で働く伍良の姿も目当てだったようだ。たまに舐めつくような視線を感じて、伍良は鳥肌が立ちそうになった。

「今日は疲れたよ。用もないのに変な男性客から話しかけられてさ。隠し撮りもしてそうだった。オムライスを映していると言われたら、中身を確認できないからなぁ」
 帰りは祐輔に送ってもらったが、愚痴っぽい口調になってしまった。バイトが大変なのは覚悟していたが、思っていたのとは違う疲れだった。
「俺にはもっと肉体を使う労働の方が合っているよ。給料は安くても裏方の方が気は楽だなぁ」
「伍良の評判はいいみたいだから、ここで辞められてしまうと困る。あまりに迷惑な客がいたら入店禁止にするから教えてくれよ」
「今のところは我慢できる範囲だから辞めないよ。それにマスターのまかないが美味いからなぁ」
「あはは、餌付けをされたペットみたいだ」
「うっせい」
 瑞穂がいるせいでいつも空きっ腹を抱える伍良にとって、遠慮なく美味しい料理を食べられる場所は貴重なのだ。
「かなり精神的に疲れているみたいだね。明日はサッカーシューズを選んだら、気分転換に遊びに行こう」
「それはいいな。このところ部活とバイトで忙しかったから息を抜く暇がなかったよ」
 女になってから元に戻ることばかり考えて、ろくに心が休まらなかった。休日くらいは羽を伸ばしてもいいだろう。

 日曜日、伍良は鏡の前で悩んでいた。遊ぶのに適した服をまだ持ってないのだ。
「女用のズボンをまだ持ってなかった。早めに買っておけば良かったなぁ」
 伍良が持っているのは花柄のワンピースだけだ。この私服姿を男の友人に見せるのは恥ずかしい。かといって、制服で遊びに行くわけにもいかない。
「おかしくないかなぁ」
(大丈夫じゃ。男だったら魅了されると思うぞ。それに他の服はないのだから悩むことはあるまい)
「そうなんだけどさ」
 それなりに可愛い格好をしているという自負はある。ただその姿を親友に褒められたら男としては羞恥心を刺激される。もっとも、相手が気にしなかったらそれはそれで自尊心が傷つくわけだが。
(まるで逢瀬に赴く乙女のようじゃ)
 鏡の前で何度も服装をチェックする伍良を見て、ぼそっと瑞穂が呟く。伍良は喫茶店でウェイトレスとして働くうちに、少しずつ女としての容姿を気にするようになっていた。それに丁寧な接客を続けるうちに、立ち居振る舞いにも自然と女らしさが出ている。口調は男のままでも、伍良の心は変化しつつあった。

 伍良の家に祐輔が迎えに来ることになっている。約束の時間まであと五分。外で待っていようと玄関を出ると、既に祐輔が家の前で待っていた。
「悪い、待たせたか」
「い、いや、さっき来たところだ。長い付き合いだけど、私服姿で着飾ったところは初めて見る気がするな。似合っていて可愛いよ」
「ま、まぁ、今まで着る必要がなかったからな」
 伍良のワンピース姿に祐輔は驚いて見惚れていた。親友に照れた顔をされると、伍良も恥ずかしくなってしまう。男みたいな女だったと記憶がすり替えられているだけで、伍良の女らしい私服姿は祐輔の記憶にないようだ。
「ぼーっとしてないでさっさと行こうぜ」
 じっと祐輔に見られたままだと体がむず痒くなってくる。突っ立っている祐輔の手を引っ張ると伍良はスポーツ用品店に向かった。

子供の神様 (29) by.アイニス

(29)

 完成した二本のミサンガを持って、サッカー部の部室に行った。練習が終わったばかりで着替えている部員もいる。祐輔も上半身が裸になっていて、汗に濡れた肉体が逞しい。伍良は気にしないようにしていたが、ちらちらと祐輔の裸を見てしまった。
「ミサンガを持ってきた。古い生地とか材料を用意してきた人がいれば交換するけど」
 伍良が声をかけると、過半数の部員が手を挙げた。思ったよりも数が多い。いつ完成するか言ってないので、材料を用意した人間はもっと少ないと思っていた。
「そんなにいるのか。まだ二本しか出来てないぞ」
 伍良が作ったばかりのミサンガを見せると、サッカー部員は光り輝く宝物でも見るように憧れの眼差しになった。頑張って作ったつもりではあるが、大勢から熱い視線を向けられるとたじたじとなる。
「困ったな」
「ここは年功序列で行こうぜ。やっぱ年上から貰うべきだろう」
「いや、ここは材料をたくさん用意した人間に譲るべきだ」
「サッカー部なら腕前で競うべきだろ。実力で決めよう」
 伍良が誰に渡すべきか迷っていると、部員はミサンガの取得方法を巡って色々な主張を始めた。容易に結論は出そうにない。誰も譲る気はないようで、どんどん自己主張が激しくなっていく。声も怒鳴り声に近くなって、今にも喧嘩が始まりそうな雰囲気だ。
「待てよ、こんなことで喧嘩はするな。公平にじゃんけんで決めよう」
 普段は仲のいいサッカー部員が殴り合いをしそうになって、伍良は仲裁に入った。女の子が作ったものを取り合って喧嘩になるなんて、困った男たちだと思う。それだけ伍良が女として可愛いということだろうか。
「うっ、伍良が言うなら従うよ」
「仕方ないなぁ」
 伍良が口を挟むと、渋々といった感じで部員は引き下がってくれた。それでも意地っ張りな部員の中にはまだ不満そうな顔をしている者もいる。しこりを残さないよう手を打っておいた方がいいだろう。
「わかってくれてありがとう」
 不機嫌そうな部員に向けて、伍良は優しい声で甘い笑顔を咲かせた。それだけで部員の誰もがデレデレとして険悪な雰囲気が消え去ってしまう。伍良の笑顔は場を和ませる効果が高かった。
「それじゃ、じゃんけんぽん」
 材料を持ってきた全員と伍良が一度にじゃんけんを行って、最終的に残った二人にミサンガを渡すことになった。部員同士でじゃんけんをやらせると、後出しがあったとかでまた揉める原因になる。
「これからも頑張れよ」
「はい、レギュラーになれるよう努力します」
 じゃんけんに勝ったのは下級生だった。伍良がミサンガを手首に巻いてやると、赤い顔をして照れていた。はにかんだ笑顔が可愛く思えて、ぽんぽんと頭を撫でてしまった。
「う、羨ましいぞ」
「いいなぁ。俺もしてもらいたい」
「また来週持ってくるから喧嘩はするなよ。喧嘩をした奴にはやらないからな。時間はかかるけど、ちゃんと人数分は作るさ」
「待ち遠しいなぁ」
 あとで後輩がいじめられないよう釘を刺しておく。じゃんけんに敗れた部員は、羨ましそうな顔で下級生の手首に巻かれたミサンガを見ていた。

 部室を出てから後輩が用意してくれた材料を見ると、思ったよりも生地が入っていた。未使用の綺麗な布も入っていて、伍良の作ったミサンガ一つでは釣り合わない。
「うーん、悪いことをした気分になるなぁ」
 女の色香を利用して男を惑わしたので、伍良としては素直に喜べなかった。卑怯な手を使った気がする。
「腕を磨くには材料が幾らでも欲しいからなぁ。仕方ないか」
 バイト代が入るまでは自由に使える小遣いは少ない。どんな手を使っても、材料を確保する必要があった。伍良はそう言い聞かせて、自分自身を納得させていた。
「伍良、一緒に帰ろう」
 校門を出ようとしたところで、祐輔が後ろから声をかけてきた。急いで追いかけてきたようで息遣いが荒い。
「他の奴らとだべらないのか?」
 伍良が男だった頃は、サッカー部の練習が終わってもすぐには帰らなかった。部員同士が雑談をして盛り上がったものだ。
「それなんだけどさ。雑談をしていても、物足りない気分になるんだよ。誰かが欠けているとでもいうのかな。いないとわかっていても、目が伍良を探していた」
「顧問がうるさいから、最近はあまりサッカー部の練習に混じってないからな」
「だからかなぁ。伍良がサッカー部にいるのが当然のような気がして、いないと寂しい気分になるのさ。他の部員も同じように思っているはずだよ」
 記憶の改変が行われても、以前の雰囲気を体が覚えているらしい。伍良はサッカー部の中心人物だったので、親友の祐輔は特に物足りなさを覚えるのだろう。
「顧問がいない時には声をかけるから、たまには練習に混じってくれよ。部員の誰もが喜ぶだろうからさ」
「また今度、迷惑にならない範囲でやらせてもらうな」
 たかだか一週間ボールに触れないだけで、サッカーに対する飢えが溜まっていた。サッカーがあるのが当然の生活だったのだ。ただ女としては身体能力の優れた伍良ではあるが、男と競うとなると互角の勝負ができるかはわからない。
「今日は後輩が羨ましかったね」
「ミサンガに模様が入っていたからか。それくらいならまた作ってやるよ」
「いや、伍良と同じミサンガを気に入っているから、それについてはいいんだけど。後輩が頭を撫でてもらっていたからさ」
「あはは、そんなことが羨ましいのか。祐輔は子供っぽいなぁ」
 祐輔の些細な望みを聞いて、伍良は思わず笑ってしまった。それくらいなら簡単なことだ。
「そんなに笑うなよ。いいじゃないか」
「悪い悪い。ほら、頭を出せよ」
「あ、ああ」
 伍良の身長は低めなので、祐輔が背を屈めて頭を差し出す。汗と埃の臭いがした。
「優勝できるよう頑張れよ」
「もちろん、これで元気百倍だ」
 くしゃくしゃと髪を掻き混ぜながら祐輔の頭を撫でる。汗が渇いてなくて湿った髪はごわごわしていた。伍良に頭を撫でられて、祐輔の頬が夕日のように赤く染まる。初心な反応が可愛らしく思えて、伍良はしばらく頭を撫でていた。

 週末の土曜日、今日は朝から喫茶店のバイトだ。開店よりもかなり早い時間に伍良はバイトに呼ばれた。店内の入念な掃除をするのかと思ったが、伍良が頼まれたのは他のことだった。
「簡単な料理を手伝ってもらえないかな?」
「えっ、俺も料理をするんですか?」
 マスターから意外なことを言われて、巣の口調に戻ってしまった。家庭での料理は母親任せで伍良は料理なんてしたことがない。
「料理なんて無理ですよ」
「やってみれば簡単だから大丈夫。まずはサラダから教えるよ」
「包丁なんてほとんど使ったことがないけど大丈夫かなぁ」
 怖々と包丁を握った伍良だが、手芸部での特訓が多少は出てきたようだ。以前よりも手先が器用になっていて、問題なく包丁を扱うことができた。切り口が多少不格好なサラダもあったが、何度も野菜を切るうちに失敗も少なくなる。まな板を叩く包丁が規則正しい音を刻んでいた。
「伍良ちゃんはセンスがありそうだね。この調子なら他の料理もお願いできそうだ」
「サンドイッチくらいなら作れると思いますけど、煮たり焼いたりする料理は難しそうです」
「そうかもしれないけど、少しずつチャレンジしてみてよ」
 料理を作るのはマスター一人なので、下準備をしておかないと料理を出すのが遅くなる。それでも、客が一度に来てしまうと、凄腕のマスターでも調理が追い付かない。伍良が少しでも手伝えるようになれば、マスターも楽にはなるのだろう。
「努力はしてみます」
 単純な肉体労働なら得意だが、料理をするというのは慣れない。複雑な仕事を任されるとは思わなかったので、不服そうな顔になってしまった。もっとも、バイト代が高いので、そうそう文句も言えない。

子供の神様 (28) by.アイニス

(28)

 放課後はバイトだ。部活との兼ね合いがあるので、週三回喫茶店で働くことになった。
「伍良ちゃんがいるから助かるよ」
「肉体労働なら任せてください」
 客足が途切れずに来るので、伍良は忙しく働いていた。仕事を熱心に行っていると、メイドっぽい制服を恥ずかしく思う余裕はない。接客だけではなく皿洗いもしていた。人数が二人なのでやるべき仕事は多い。
「可愛いバイトを雇ったね。これから贔屓にさせてもらうよ」
「見えそうで見えないスカートがいいなぁ」
 客の色々な声が聞こえてきても、伍良は笑顔を絶やさなかった。多少は思うところはあるが、学校以外のところで女の魅力を試したかったのだ。
「また来てくださいね」
 客が帰る時に優しく声をかけて可憐な笑顔を振りまくと、男性客の誰もがデレデレとした笑顔になる。破壊力は抜群で、自分の容姿が可愛いという実感が強まった。
「今日の伍良ちゃんはノリノリだね」
 伍良が微笑みながら働いていると、マスターのテンションも上がるらしい。料理の腕前が冴え渡っていた。どの料理も美味しそうで、瑞穂の不満の声がうるさい。困った腹ぺこの神様だ。
「伍良ちゃんがいるだけで店の雰囲気が明るくなる。客の入りも違ったね」
「マスターの腕がいいからですよ」
 可憐な笑顔でマスターを褒めると、店が終わった後のまかないが豪華になった。山のように並べられた料理を見ると疲れも吹っ飛ぶ。伍良の隣では部活を終えた祐輔が一緒に夕飯を食べていた。
「やけにニコニコして愛想がいいな。声がキャピキャピして気味が悪い」
 可愛い女の子を演じていたら、祐輔から酷評された。長い付き合いの友人にとっては、伍良が女っぽく振る舞おうとすると違和感があるようだ。
「うぐっ、酷い言い草だな。客商売をしていたから、そのノリが残っているだけさ」
「その男勝りの口調の方が安心する」
「ひでぇ。俺だってそうしたいけど、事情があるんだよ」
 祐輔と話していると美少女の仮面が剥がれて、乱暴な口調になってしまった。親友相手だと以前の調子に戻ってしまう。もっとも、気楽に喋れるので楽ではあった。たわいない雑談をしていると、気持ちがほぐれてリラックスしてくる。
「マスター、御馳走様。今度は土曜日ですね」
「悪いけど、午前中から頼むよ」
「わかりました」
 週末に一日中働くのは大変そうだが、給料と食事のことを考えると頑張ろうという気になる。軽くマスターと打ち合わせをしてから、伍良は帰ろうとした。
「送ってくよ」
「一人で帰れるけどなぁ」
「夜道を一人で歩くのは危険だから」
「それを言うなら、祐輔の帰りも同じだけどさ」
 祐輔の手間を増やしたくないのだが、伍良を一人で帰らせるのは不安らしい。女子供扱いされるのは好きじゃないが、うまく断る理由が見つからなかった。
 夜道を二人で歩く。気が置けない友人と喋りながらだと自宅までの距離が短かった。

 翌日から伍良は暇を見つけて瑞穂のことを調べた。放課後は部活やバイトがあるので、利用できる時間は限られている。神社で不貞腐れていた今と違って、昔の瑞穂はもっと活動的だったようだ。思った以上に記録が残されていた。
「ありがちな恵みの雨を降らせたという話もあるけど、失敗談も多いなぁ。人に化けて村々の見回りをしていたら、腹が減ってフラフラと入った店で無銭飲食をしちゃったとか」
(そんなことまで書いてあったのか。すっかり忘れておったぞ)
「事実なのか。昔から食い意地が張っているのは変わらないな。村人に化けて祭りに参加したはいいが、大食い競争に参加して正体がばれたこともあるのか」
(その時は新米が美味くて一俵分の米を平らげたら妖怪かと怪しまれたぞ。正体を現さなければ化け狸かと思われて危うく袋叩きにされるところだったわ)
「神様っぽくねぇ」
 瑞穂が地域の発展に尽くしてきたのは確かだが、笑い話のような逸話も多いので素直には感心できない。
「事績や逸話をまとめて発表しても、それで敬ってくれる人が出るか疑問だなぁ。徒労に思えてきた」
(そうかのぉ。昔の妾は慕われておったぞ。よく子供たちから遊びに誘われて、野山を駆け回ったものじゃ)
「それって子供っぽいってことだろ……」
 奉納物に玩具が多かったのは、瑞穂の性格に由来してそうだ。昔から今と同じように子供みたいな姿だと思えてきた。
(誰が子供じゃ。妾を描いた絵もあったではないか)
「神様だからって美化しすぎだと思うな」
 瑞穂を描いた水墨画の写真が掲載されていたが、艶やかな美人として描かれている。とても今の姿とは似ていなかった。

 約束したからには守らないといけない。放課後の部活で伍良はミサンガを作ろうとしていた。
「またミサンガを作るの?」
 糸を用意していた伍良を見て、水咲が怪訝な顔をしていた。他のことも教えようと思っていたようだ。
「サッカー部の連中に頼まれて、応援だと思って作ることにしたのさ」
「それならあたしも手伝おうか?」
 水咲の申し出に心が揺れて楽な方に流れたくなる。とはいえ、水咲が作ったものをサッカー部員に渡すのは裏切りのような気がした。
「俺が頼まれたことだから、一人でやるよ。でも、そのまま作るんじゃ芸がないから、模様を編みこむやり方を教えて欲しいな」
 変化をつけて編まないと飽きがくるのが早そうだ。同じものを作っても面白くない。
「わかった。それじゃ手本を見せるね。でも、伍良君は他に作りたいものはないの?」
「そうだなぁ。俺でも出来そうなものといえば、お手玉とか」
 直さなければならない奉納品を思い浮かべて、手間が少なそうなものを取り上げてみた。
「初心者用の題材としてはいいかもしれないね。伍良君、縫うのはできそう?」
「自信がないな。針に糸を通すだけでも苦労しそうだ」
「それじゃミサンガ作りと並行しながら、教えるよ」
 簡単だと思っていたミサンガでも模様を入れるとなると奥が深い。水咲でも全てを把握できないほど色々な種類の模様があるようだ。多少は慣れてきたつもりだったが、菱形模様のミサンガを作るのは時間がかかった。
「とりあえず二本か。サッカー部員の人数を考えると気が遠くなる」
「かなり上達しているから大丈夫。伍良君にはセンスがあるよ。この調子で裁縫の腕も磨いていこう」
「そ、そうかな。ミサキチに褒められると俺に才能がある気がしてくるよ」
 余った時間で布を縫う練習もする。細かい作業には苦手意識があったが、水咲に励まされると自信が出てきてやる気になれた。それに自らの手で小物を作るのは思ったよりも楽しい。小物を作っていく過程には、サッカーとは違う充実感があった。
「あとは中身の小豆を入れて入口を縫えばお手玉の完成かな」
「俺でもそれっぽい形に作れたな。やればできるもんだ」
 縫い目が安定してなくてジグザグなところもあったが、ちゃんとお手玉っぽい形になっていた。今まで手芸とは縁がなかった伍良には信じられない気分だ。人から技術を教わっても、身につかない可能性が高いと思っていた。実際にやってみると手が作り方を覚えていく。
「奉納品の修理ができる日もそう遠くないかもしれないな」
(妾の言う通りにして正解じゃったろう。もっとも、伍良が作っているのを見ると妾もやりたくなるのが困った点じゃ)
 伍良の頭で暇を持て余している瑞穂は、作業中ずっとうずうずとしていた。お手玉は作ったことがあるらしい。伍良が縫い方に失敗すると助言じみたことを言ってくるので、参考にはなるがうるさかった。

子供の神様 (27) by.アイニス

(27)

 親しみを持った視線が伍良に集中していた。中心選手の一人だった伍良は部員の注目を集めることはあったが、その時とは視線の質が違うように思われた。好意を持った優しさが混じっている。異性に対する反応だった。伍良を歓迎しているのだが、慣れない雰囲気に足が竦みそうだ。
「持ってきてやったぞ」
 部員の目に晒されるのが恥ずかしくなって、伍良はズカズカと部室に入ると素っ気なく祐輔にミサンガを突きつけた。
「あ、ありがとう。そんなに急がなくても、バイトの時でも良かったのに」
「……すぐに見せたかったからな」
 大勢がいる前でミサンガを差し出された祐輔は、照れたような顔をしていた。
「見事な出来だと思うよ。折角だから伍良に結んで欲しい」
「……いいけどさ」
 注目されながら祐輔の手首に巻くのは恥ずかしかったが、自信作なので最後まで面倒を見たいという気持ちがあった。
「格好いいと思うぞ」
 ミサンガを巻いたことで、祐輔の男ぶりが増したように見えた。
「くそっ、見せつけてくれるぜ」
「もしかして、付き合っているのかよ。伍良ちゃんを独り占めしようなんて、許されざる暴挙だ」
「羨ましいなぁ。俺も欲しいよ」
「ごちゃごちゃとうるさいぞ。祐輔には世話になったから、そのお礼だ。お前らが勘違いするような仲じゃない」
「がくっ」
 サッカー部の連中にはやし立てられて、伍良は憮然とした顔で文句を言った。全く失礼な奴らだ。
 ミサンガを渡されて喜んでいた祐輔だが、伍良の言葉で部室の隅で落ちこんでいた。
「それなら俺の分も作ってくれよ」
「俺も、俺も」
「伍良ちゃんに作ってもらったら練習にも身が入るからさ」
「お前らなぁ。もう糸は使い切ったから、同じのは作れないぞ」
 部員全員の図々しい要求を聞いて、伍良は呆れた顔になってしまった。口実をつけて断ろうとしたのだが、サッカー部の連中は諦めが悪い。
「伍良ちゃんとお揃いでないのは残念だけど、作ってくれないかなぁ」
「材料なら用意するから」
「好きな風に作ってくれればいいからさ。いつまでも待つよ」
 男連中に周りを囲まれて、汗と埃の臭いが押し寄せてくる。背が低くなった伍良は、すっぽりと男の壁に隠れてしまう。むさ苦しさで息が詰まりそうだ。
「お前ら、そんなに近寄るな。暑苦しいぞ。わかった、わかったから」
 一緒に練習をした仲間から必死に頼まれると嫌とは言いにくい。伍良は仕方なく承諾した。
「ひゃっほぅ、やったぜ!」
「女の子の手作りなんて初めてだ」
「これでますます部活に頑張れるな」
 伍良の返事を聞いた部員たちは、歓声を上げて手放しで喜んでいた。ちょっとした代物で単純な男連中だと思う。今まであまり意識してなかったが、女になった伍良には魅力があるらしい。女の武器があるというのは一つの発見だった。
「その代わり、家で余っている古い布とかの材料があれば欲しいな」
「任せておけ。探しておくよ」
「それくらいお安い御用さ」
 試しに意識して可愛く笑顔を作ってみると、男連中は鼻の下を伸ばして意気込んでいる。思ったよりも威力があって、伍良は内心で戸惑い引きそうになった。
「それじゃまたな」
 必要な用件は終えたので部室から出たが、本当はもっと雑談でもするつもりだった。以前とはまるで伍良の扱いが異なっている。空気に馴染めない。
(男に媚びるような笑顔をしておったな。女として男にもてはやされたくでもなったか?)
「そんなんじゃない。笑顔一つで材料集めに協力してくれるなら安いと思ったのさ。俺一人の力じゃたかが知れている」
 一人きりになったところで、瑞穂が伍良の態度について疑問を投げかけてきた。もちろん女として振る舞って媚を売るのは敬遠したいが、伍良一人の力で男に戻ろうとするのは難しい。協力を得るための代価が笑顔なら安いものだ。
(男に戻るのを諦めたわけではなかったのか)
「早く男に戻らないと試合に間に合わなくなるからな。多少は無理もするさ」
 瑞穂と喋りながら帰り道を歩いていると、後ろから駆け足が近づいてきた。覚えのある気配に振り向くと、制服に着替えた祐輔が立っていた。急いで駆けてきたようで息が切れている。
「はぁ、はぁ、一緒に帰ろう」
「いいけどさ。練習が終わったばかりで疲れているのに、そんなに飛ばさなくても」
 伍良は苦笑しながら足を止めて、祐輔の息が整うのを待っていた。帰り道でするのはサッカーの話題ばかりだ。
「ミサンガで気合が入ったよ。全国大会まで行けるよう頑張る。そうしたらチアガールをして欲しいな」
「そこまでいけたら応援してやるか」
「やった、必ず伍良を全国に連れて行くよ」
 伍良の家に到着したところで、祐輔はミサンガを巻いた右腕を掲げた。伍良の声援が欲しいらしい。本格的に試合が始まる前にどんなことをしても男に戻るつもりだったので、伍良は励ます意味で承諾した。罰ゲームが待っているなら、必死になるというものだろう。伍良の内心を知らない祐輔は、素直に喜んでいた。

「俺って可愛いのか」
 自室でまじまじと鏡で顔を眺めてみた。目元に愛嬌があって整っている顔だとは思っていたが、男を魅了できるような容姿だとは思わなかった。試しに優しい微笑みを浮かべてみると、はっとするような印象に変わる。まるで妖精のように可憐だった。
「……確かに可愛いかもしれない。女になったことに慣れなくて、ずっと仏頂面だったからなぁ。表情を和らげるだけでまるで違う」
 笑顔になるだけで、鏡の中の少女に惚れてしまいそうだ。伍良は頬を桜色に染めながら、色々な笑顔を試してみた。少女から極上の笑顔を向けられると、体の芯が熱く溶けてきそうだ。
(呪ったとはいえ、妾の豊穣の力も含まれておるからな。女としての魅力と性欲が増大しておるのじゃ)
「魅力はわかるけど、性欲ってどういうことだよ」
(妾の力は実りに関係するからのぉ。男を引きつけて、たくさんの子を産むためじゃ)
「男の裸を見て変な気分になるのはそれが原因か。厄介だなぁ」
(意志を強く持てば平気じゃぞ)
「簡単に言ってくれるよ」
 実のところ、脳裏にはサッカー部員の裸が焼きついている。それを思い浮かべてしまうと、また自慰に走りたくなるのだ。伍良は性欲を持て余して、熱く重苦しい溜息を吐いた。

 翌日は昼休みを利用して、伍良は図書室に来ていた。あまり勉強熱心ではない伍良が図書室に来るのは久々だ。
「瑞穂はマイナーな神様だからどうかなぁ」
(馬鹿にされている気がするぞ)
 苦労するかと思ったが、郷土史を調べると瑞穂の名前はあっさり見つかった。百年前までは意外と知られた神様だったらしい。信仰も盛んだった。
「千年以上前から信仰されていたのか。見た目で騙されるけど、とんだお婆ちゃんだ」
(失礼な奴じゃ。神には寿命がないから、年は関係ない。妾の歴史を知ったなら、もっと敬わぬか)
「古い神様だというのはわかったよ。近代化で農業が衰えた結果、信仰がどんどん廃れていったのか。昔はお祭りとかもやったみたいだなぁ」
 学校の図書室では詳しいことはわからないと思ったが、調べれば調べるほど瑞穂の名前が出てくる。とても紙一枚ではまとめきれない。
「大昔に神を馬鹿にした男が女にされた逸話も載っているな。昔も同じことをしていたのか」
(そんなこともあったかのぉ)
「この昔話によると村人は男に戻れず、村の若者と一緒になったみたいだ。俺にとって希望にならないよ」
 伍良にとって救いのない話なので、気持ちが沈みそうになった。
 昼休みだけではとても瑞穂のことを調べられない。本腰を入れて調べる必要がありそうだ。やることばかりが増えて、体が二つ欲しくなった。

子供の神様 (26) by.アイニス

(26)

「はっくしょん!」
 女らしからぬ大きなくしゃみの音で伍良は目覚めた。体がだるくて目蓋が重い。薄目を開くと、外はまだ薄暗い。もう少し寝たかったが、布団に入らず大股を開いた開けっ広げな格好を見て目が覚めた。
「うわぁ、後始末をしないで寝たから酷いことになっている……」
 昨夜の痴態を思い出して、伍良は羞恥で頬を染める。パンツは脱ぎっぱなしで股間が丸見えだし、放置した愛液が白く乾いていた。いそいそとパンツを穿いたが、ごわごわとしている。
「ううっ、乾燥した愛液で股間が痒いな。両親が目覚めないうちにシャワーを浴びてこよう」
 自慰の疲れが残っていて布団に潜りたかったが、このままの恰好では居心地が悪い。伍良はシャワーを浴びて、ベトベトしている体を洗い流した。血行が回復して、寒さで固くなった体がほぐれてくる。眠気もましになって、頭がすっきりしてきた。
「女の快感は凄かったけど、なるべく控えないとなぁ。病みつきになりそうだ」
 恥ずかしい姿を晒している自覚はあったのに、恥も外聞もなく快感にのめりこんでしまった。甲高く甘い声がまだ耳の穴で渦巻いている。まるで麻薬のような誘惑だった。
「ふっ、すっきりした。妄想も一緒に流れ落ちたかな」
 石鹸の清潔な匂いを嗅ぐと、脳裏を占めていた淫らな気持ちも漂白されるようだ。起床には少し早い時間だが、布団に入ったら熟睡してしまう。
「体操でもしておくか。いつでも復帰できるようにしないとなぁ」
 男に戻れたとしても体がなまっていては使い物にならない。せめて体力を維持する努力はすべきだろう。
「腹が減ったなぁ」
 喫茶店で食べた夕飯は豪華だったのに、体を動かすと空腹を感じた。瑞穂がいるせいで燃費が悪い体だ。
(妾も腹が空いたぞ)
「昨日、散々食っただろ。もう少し手加減してくれよ」
(難しいのぉ。信仰があれば平気なのだが、今は食うことで存在する力を補っておるのじゃ)
「信仰ねぇ。どうすればいいのかなぁ」
 信仰の拠点となる神社がなくなれば、神は人々から忘れ去られてしまう。時間が経つほど瑞穂を知る人は少なくなるだろう。つまり信仰を得る機会がなくなるのだ。
(もっと妾のことを知る人が多くなればいいのじゃが)
「奉納品を直すだけではなく、瑞穂の知名度も回復しないといけないのか」
 考えてみると、伍良は瑞穂のことをほとんど知らない。知っているのは、伍良の住む地域の五穀豊穣を司っていたということだけだ。
「調べてみるか」
 瑞穂から聞いてもいいが、それでは知識が偏るだろう。農作業が盛んだった頃なら、瑞穂について書かれた本があるかもしれない。色々と面倒だとは思うが、これも男に戻る為の手段だ。
(考えるのもいいが、妾は腹が空いた)
「俺ばかりが苦労して気楽な神様だよ」
 溜息を吐きながらリビングに行くと、テーブルには朝食が並べられていた。
「使わなくなった裁縫道具を出しておいたわ。好きに使ってちょうだい」
 伍良に気づいた母親は、年季が入った木の裁縫箱をくれた。持ってみると、ずっしりとした重さがある。
「ありがとう、助かるよ」
(伍良の祖母の持ち物を譲り受けて使っていたようじゃ。祖母から娘、そして孫に伝わったわけだ)
「大事にする」
「そうしてもらえば、道具も喜ぶわ」
 薄汚れた裁縫箱だったが、瑞穂から由来を聞くと粗末な使い方はできない。裁縫箱を開いてみると、糸や針、鋏といった道具が一通り揃っている。これなら練習に使うのに十分そうだ。道具の使い方は水咲に教わればいいだろう。
 裁縫箱の確認をしてから、伍良は椅子に座った。朝食は特大の目玉焼きだ。白身の上にゴロゴロと黄身が並んでいる。伍良の家で目玉焼きに使う調味料はケチャップだ。
「あの厄介な客はまだ来るだろうなぁ。リベンジできるようにするか」
 人前で下手くそな絵を描くというのは面白くない。マスターに強制されることなら、せめてまともな絵を描きたかった。伍良は目玉焼きをキャンパスにして、ケチャップで絵を描く練習をした。喫茶店とは違って、家で使うケチャップは口が狭い。線が細いので絵を描くには向いているが、ケチャップの勢いが強くなるので操作が難しかった。
「練習が必要だな」
 熱中し始めると止まらない。負けず嫌いな伍良は、練習を積んで男性客を見返しやろうと決意していた。

 学校に到着すると少し眠かった。きちんと寝なかった影響だ。ホームルームが始まるまでうとうとしていた。
「昨日は初日で慣れなかったから疲れたか?」
「い、いや、大丈夫だ」
 不意に聞こえた声に伍良は体温が高くなった。一気に目が覚める。祐輔の声を聞いて、裸を思い出していた。昨日のエッチな経験が脳裏に蘇る。慌てたような声になってしまった。
「顔が熱っぽくて少し目がむくんでいるな。大変だったら教えてくれよ」
「う、うん」
 伍良を心配して祐輔が顔を近づけてきた。精悍な顔が間近に迫ると、心臓の鼓動が高くなった。男を好きになる趣味はないはずなのに、祐輔の爽やかな男らしさには好感が持てた。

 放課後になって、伍良は手芸部の部室に行った。
「このミサンガを作った時と同じ糸は余ってない?」
 手首に巻いたミサンガを見せて、水咲に同じ色の糸がないか聞いてみる。祐輔と約束したので、同じ柄のミサンガを作るつもりだった。もしなければ、糸を買ってこないといけない。
「ミサンガを作るなら、あと一人分はあるかな。伍良君が使うならあげるよ」
「悪いな。今日もまたミサンガを作るよ。他のことはおいおい教えてくれ」
「伍良君が興味を持ったことをやればいいから。でも、急に熱が入ってきた感じだね。もしかして好きな人にあげるとか」
「そ、そんなことはないぞ」
 祐輔の顔を思い出して、焦ったような声になる。サッカーの応援であって、個人に対する好意ではないはずだ。
「怪しいなぁ」
 水咲にからかわれながら、伍良は糸を受け取った。サッカー部の声が聞こえる窓側の席に座る。少しでも祐輔の声が聞こえると、ミサンガの製作に気合が入る気がした。
「凄く集中していた。網目が綺麗だよ」
「人にやるから、俺の精一杯を振り絞ったつもりだ」
 完成したミサンガは最初のものよりしっかりしていた。納得できる仕上がりだ。
 伍良は気が抜けたところで水咲に話しかけられて、ぽろっと人にあげるものだと告白してしまった。
「誰かなぁ、教えてよ」
 水咲が興味津々な笑顔になる。追及の手を逃れるのは難しそうだ。
「バイトを紹介してもらったから、祐輔に対するお礼みたいなものだよ。サッカー選手がミサンガをするのは珍しくないだろ」
「伍良君と仲がいい祐輔君かぁ。うんうん、納得した」
「含みのある言い方だなぁ」
 伍良の顔から苦笑が漏れたが、好意的な言い方なので水咲に不快感はない。内心で照れ臭かっただけだ。
 手芸部の活動が終わってから、伍良はサッカー部の部室に向かった。自信作を早く祐輔に披露したい。サッカー部にいた頃の感覚で、当たり前のように外にある部室の扉を開けた。部室に充満していた汗と埃の臭いが伍良の鼻に襲ってくる。日常的に嗅いでいた臭いなのに目と鼻を刺激して咽そうだ。練習が終わったばかりでサッカー部員は着替えていた。
「誰かと思えば伍良ちゃんか」
「いきなり扉が開いたから驚いたよ」
「サッカー部の部室に来る女子は伍良ちゃんくらいだね。どうかした?」
 汗で濡れたサッカー部員の肌が窓から差し込む夕日を受けて光っている。まるで大理石の彫像のように逞しい。惚れ惚れするような肉体美が並んでいる。今の伍良の頼りない体とは雲泥の違いだ。心の中で嫉妬と羨望、それに僅かな女の情欲が駆け巡っていた。

子供の神様 (25) by.アイニス

(25)

(今日は御馳走を食べて気分がいいのぉ。いい感じに眠れそうじゃ)
 自宅に帰ると約束を守って、瑞穂はさっさと寝てしまった。頭から気配が薄れる。伍良はネグリジェに着替えてベッドに入ったが、妙に目が冴えて眠れなかった。
「ああ、もう。頭から祐輔の裸が消えない」
 目を閉じても目蓋の裏に祐輔の逞しい裸がちらつく。気分がもやもやとして、体の内側に悩ましい熱が燻っていた。
「ううっ、我慢できない。それに興味もあるからなぁ」
 異性の体に興味津々な年頃だ。自由にできる体があるなら試してみたくもなる。伍良がパンツの上から股間を触ると、水色の生地が湿って熱っぽくなっていた。
「瑞穂の目がないなら、誰にも気兼ねすることはないな」
 パンツの上から股間を撫でてみると、ふわふわとした優しい快感が広がる。股間を通して甘い熱が全身に拡散していた。男の快感はペニスに集中しているのに対して、女の快感は体中に浸透していく。火照った肌が敏感になっていた。
「んんっ、はぁ、股間から快感が分散するから簡単にはいけそうにない」
 パンツの上から股間を触っているだけでは、快感が強いところまで到達しない。気持ちいいのは確かだが、股間の奥で淫靡な熱がどんどん蓄積していた。
「凄く濡れてきた。パンツがヌルヌルしている」
 指を布地に走らせると、密やかに湿った音がしていた。粘り気のある愛液が指に絡みついている。濡れたパンツが股間に張りついて、秘所の形が浮かんでくる。男としての出っ張りはなく、一筋の線が見えていた。
「はぁ、はぁ、これだけじゃ物足りない」
 淫靡な熱が胸に這い登って、おっぱいの先が張り詰めていた。乳房の内側で甘い熱が疼いている。更なる快感を求めて、伍良はブラジャーをずらした。おっぱいに手を当てると、汗でじっとりと濡れている。興奮したことでおっぱいが張っていた。
「うはぁ、おっぱいの弾力が増している気がする。指を押し返すぞ」
 着替えで触れた時と比べて、おっぱいが心なしか膨れていた。おっぱいを揉もうとすると、柔肉の弾力が指を押し返そうとする。伍良が手に力を加えると、乳房に潜った指が柔肉に包まれた。
「ふぅ、これがおっぱいか」
 手を小刻みに動かすと、艶めかしい肉の感触が伝わってくる。生のおっぱいは素敵な手触りだった。もっとも、贅沢をいうならば、他人の胸を揉んでみたい。女としての立場を利用して、女子の胸を揉めないかなと考えた。その辺りの思考はやはり男だったからだろう。
「んんっ、はぁ、胸を揉み始めると、悩ましい熱が押し寄せてくる。乳首が感電したみたいにビリビリしているな」
 おっぱいの内側で淫靡な熱が膨張していた。甘い熱の煽りを受けて、乳首が硬く張りつめて色艶を増す。伍良が乳首を摘んでみると、痺れるような快感が炸裂した。
「ああぁっ、はうぅん……うぁっ、恥ずかしい声が出た。乳首でこんなに感じるのか」
 肺を直撃した刺激で、伍良は艶かしい声で喘いでいた。鼓膜に響いた嬌声を聞いて、少女の頬が羞恥で赤く染まる。男だったとは思えない声を発してしまった。みっともないとは思ったが、脳に深く染み入る官能的な声だ。
「やばい、もっとこの声を聞きたくなる」
 伍良はおっぱいを様々な角度から揉んでみた。乳首もコリコリと指に挟んで弄ってみる。充血した乳首が膨らんでいた。感度を増した乳首から鋭い快感が走る。恥ずかしいと思うのに、可愛らしい声で喘いでいた。
「んふぅ、はあっ、俺の今の手だとちょっと肉が余るな」
 おっぱいのサイズは形が整っていて手頃だとは思うが、女の子になった手では柔肉を包み切れない。もっと逞しくて大きい手なれば、もっと快感が増すのにと思う。もっと力強い刺激が欲しかった。
「……祐輔の手は大きかったなぁ」
 ポロリと出た言葉に伍良は真っ赤になる。男の手で胸を揉まれる姿を想像していた。ブンブンと頭を振って妙な妄想を振り払う。
「ああっ、もっと刺激が欲しい」
 ちょっと怖い気もしたが、伍良はパンツを脱ぐことにした。愛液で濡れて股間に張りついた布地がペリペリと剥がれていく。布越しに触っても満足できない。
「うわぁ、トロトロになっているな。凄く熱い」
 淫靡な熱が灯った秘所は蒸れていた。手で触ってみると、内側から愛液が溢れてくる。じっくりと触ったことはないので、緊張と興奮で心臓の鼓動が一段と早まる。悪いことをしているような背徳感で背中がゾクゾクした。
「んんぅ、はぁっ、指を入れるのはちょっと躊躇うな」
 秘裂に沿って指を動かす。膣に指を入れるのは怖い気がしてなかなか踏みこめない。体の深い部分で疼きを覚えながらも、伍良は秘所の周りで指を往復させていた。指で直接触れたことで、刺激は大きくなっている。丹念な愛撫を繰り返していると、秘所が綻んで蕾が開きかけていた。
「……これが俺の匂いか」
 たっぷりと愛液を纏わせた指を鼻先に持っていくと、鼻の奥で僅かに酸味を感じた。そんなに強い匂いではないが、男の荒々しい情熱を呼び覚ます。指を咥えてみると、ちょっとしょっぱい。
「ふはぁ、女の味が舌に広がった。異様に興奮してくるな」
 愛液を味わったことで、後頭部が熱くなってくる。沸騰した脳に催促されて、伍良は指を秘所に入れていた。
「かなり濡れているのに、簡単には奥に入らないな。指をギュッと締めつけてくるよ」
 まだ誰も触れたことがない処女地だけあって、全く開拓されていない。指が一本だけでも膣は狭かった。これでは男のモノは入らないだろう。風呂場で見た祐輔の男根は逞しかった。あんな太いモノを挿入したら、体が裂けてしまいそうだ。
「変な妄想がまた浮かぶ。俺がいたのに、ぼけて風呂場に入った祐輔が悪いんだ」
 膣に入れた指が男根を連想させた。足を大きく広げて男に抱かれている姿が脳裏に浮かぶ。頭から妄想を追い払おうとしても、ちらちらと祐輔の裸が頭をよぎっていた。
「はあぁぁん、ああっ、指を入れているだけなのに、男に犯されている気分になる。んふぅ、ひゃあぁん、変な声が止まらない!」

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挿絵:菓子之助

 指の腹で膣を擦ると、快感の津波が襲ってきた。艶かしい奔流に翻弄されて、伍良の嬌声が高くなる。初めて味わう女の快感に流されて、伍良は女の子気分に浸っていた。指の動きが激しくなって、膣から飛沫が弾け飛ぶ。シーツは生温かく濡れていた。
「んんぅ、はあっ、血液が集中して勃起しているような感覚はあるけど、おちんちんがあるわけないよなぁ」
 秘所の上端を触ってみると、沸騰した血液で膨れたクリトリスがあった。男根が勃起しているような気がしたが、実際には小さな肉芽があるだけだ。逞しかった代物は、爪くらいの大きさしかない。元に戻る気配なんてなかった。
「くううぅん、うはあっ、少し弄っただけで頭が真っ白になったぞ。はぁ、はぁ、小さくても感度は抜群だな」
 指先で軽く弄っただけなのに、稲妻に打たれたような衝撃だった。激しい刺激を受けて、秘所から愛液が噴出する。伍良は背筋を仰け反らせ、甲高い喘ぎを発していた。目が潤いを増して光り輝く。息を整えるのに時間がかかった。
「ふぅ、ふぅ、慎重に弄らないと駄目だな。おかしくなりそうな刺激だった。ちょっと怖くなったけど、もっと知りたい」
 伍良は足を大きく広げて、秘所を両手で弄り易いようにした。恥ずかしい格好をしている自覚はあったが、もっと女の快感を味わいたい。クリトリスを軽く弄りながら、膣に入れた指を動かす。変化に富んだ快感が体中に吹き荒れて、伍良は夢見心地で自慰に没頭していた。
「ああぁぁん、はあぁぁっ……くうぅぅっ!」
 慣れない快感で脳が過熱して、視界が明滅を繰り返す。膨張する快感に抑制が効かなくなった喉から、甘い響きを帯びた可愛らしい声が解き放たれた。女として初めて絶頂に達した伍良は、急激に襲ってきた疲れに身を任せて目を閉じる。安らかに眠る少女の顔は、新たな経験で女の色気が滲み出ていた。

子供の神様 (24) by.アイニス

(24)

 湯を頭からかぶると気持ちがせいせいするが、裸をずっと見ているのは目がまだ慣れない。服を着替えるだけならさほど時間はかからないが、体を洗うとなると裸を見て触れることになる。
「いつもとは違った疲れのせいかな。気分がもやもやしている」
 すっきりとした疲れではないので、体に欲求不満が溜まっている気がした。そういえば、女になってから体をまともに慰めていない。日常生活に問題なさそうだとわかって、心に僅かながら余裕が出てきたのだろう。性欲を吐き出したくなった。
「他人の家だし瑞穂の目があるから、自慰なんてしないけどさ」
(伍良がどんな行為をしようと妾は気にせんぞ。外見ではわからんだろうが、こう見えて経験は豊富なのじゃ。色々と教えてやってもよい)
「別に教えなくていいよ。それに瑞穂が気にしなくても俺が気にする」
 他人が見ているところで痴態を晒す気にはなれない。それに瑞穂の話は女の経験が浅い伍良には刺激が強そうだ。
(では、家に帰ったら妾は寝るとしよう。別に見たいものではないからな)
「それならまぁ」
 一緒に暮らしてわかったことだが、瑞穂が寝ていると気配が薄くなる。瑞穂の目がなければ、体を慰めてもいいかもしれない。
「ふぅ、風呂が気持ちいいな。そのまま寝てしまいそうだ」
 長湯をしても大丈夫なように湯の温度は低めにしてある。浴槽に浸かっていると、疲れが取れて柔らかくなった体が溶けそうだ。半分寝入ったような状態でうとうとしていると、脱衣所で物音が聞こえたような気がした。
「ふぅ、疲れたな。今日の練習は厳しかった」
 浴室の扉が開く音がして、砂埃で汚れた祐輔が入ってきた。もちろん裸だ。サッカーの練習が大変だったようで、意識が虚ろで目がほぼ閉じられている。伍良の存在に気づいてないようだ。
(うわぁ、うわぁ)
 寝惚けていた伍良は声をかけるタイミングを逃した。それに正面から祐輔の裸を見て、言葉が出なくなってしまう。サッカーで鍛えられた祐輔の体は、しなやかで逞しい体つきだった。精悍な肉体に何故か伍良の目は惹きつけられてしまう。
(股間が立派になっているなぁ)
 体がへとへとに疲れているのに、祐輔の股間は大きくなっている。男だった伍良にも経験があるからわかるが、男は疲れているにも関わらず股間が勃起することがある。生理現象なので意志の力ではどうにもならない。
(変にドキドキしてきたぞ)
 男だったから他人の男根なんて見慣れている。それに旅行や合宿で祐輔の男根は見たことがある。珍しい代物ではないのに、心臓の鼓動は早くなっていた。まるで初心な少女のようだ。
(……おかしいな。そんな趣味はないのに)
 鼻に届いた汗の臭いが好ましく思えた。逞しさを感じる男の臭いをもっと嗅ぎたくなる。汗に濡れた日焼けした肌に見惚れてしまう。伍良のなよなよした肌と比べて頼もしい。おかしな妄想が浮かんで、秘所を手が触ろうとしていた。
(男だった頃の記憶を持っていても、体は女になっておるからな。その気がなくても、心が体に引きずられることはある)
 様子を見ていた瑞穂が伍良に声をかけてきた。原因を理解して、伍良はどうにかおかしな気分を振り払う。
「おいおい、疲れているのはわかるけど、俺が入っていることに気づけよ。先に出るな」
「えっ、伍良? いったぁ、目に泡が入った」
 祐輔が頭を洗い始めたところで、声をかけて浴槽から出た。驚いた祐輔が目を開けようとしたが、シャンプーの泡が目に入って悶えている。これなら裸を見られる恐れはないだろう。祐輔にかけた言葉は平静を装ったが、風呂場から出ると心臓が破裂しそうだった。
「その、悪い。気づかなかった」
「俺もすぐに声をかけなかったからな。それにどうせ見てないだろ」
「うっ、むぅ、ちらっとだけ桃色が見えた」
「馬鹿だなぁ。正直に話すなよ。別に怒らないけどさ」
 裸を見られていたと知って、伍良の顔が羞恥で紅に染まる。もっとも、祐輔の真面目なところは悪く思わなかった。
「す、すまん。この埋め合わせは今度する」
「わかった。それじゃ俺は飯を食ってから帰るぞ」
 上擦りそうな声を抑えて、伍良は急いで学校の制服に着替える。心臓の鼓動がなかなか静まらなかった。

「長湯だったね。伍良ちゃんの顔が赤くて色っぽい。湯上り美人だなぁ。料理はもうできているよ」
「ありがとうございます」
 息を整えてから店に戻ったのだが、頬の赤みはまだ残っていたようだ。ちょっとだけドキッとする。カウンターには山盛りの料理が並べられていた。
「伍良ちゃんは食べると祐輔から聞いたからね。作りすぎたかなと思ったけど。無理をして食べる必要はないよ」
「豪勢ですね。残さずに頂きます」
(おおぅ、オムライスもあるではないか。早く食べたいぞ)
 オムライスは店の看板メニューだ。散々に客が食べているところを見せられて、瑞穂の我慢は限界に達している。伍良が起きているにも関わらず、瑞穂の意思が作用して手がスプーンを握っていた。
「玉子がふわふわしていて美味しいです。注文が多いのも頷けますよ」
(どんどん食べたくなるくらいに美味いぞ)
 たまに悪ふざけをする店長には困るが、料理の腕前は確かなものがあった。伍良は遠慮なく料理を平らげていく。五人分以上の料理を胃に収めていた。
「……思ったより食べるね」
「マスターの料理が美味しいからですよ」
 伍良の食欲に圧倒されて、マスターは軽口を叩けなくなっていた。料理のことは褒めたのに、笑顔が強張っている。女の子がこんなに食べるとは思わなかったらしい。
「腹減ったなぁ。夕飯は?」
 風呂から出た祐輔が店の方にやってきた。豪快に腹を鳴らしていたが、マスターは首を横に振った。
「伍良ちゃんを送り届けて、帰りに弁当でも買ってきてくれ。祐輔の分も含めて作ったつもりだが、全部食べられてしまった」
「空き皿が山になっているな。こんなに食う女だったのか」
 カウンターに山積みになった皿を見て、祐輔も父親と同じように顔を引きつらせた。
「百年の恋も冷めた気分か?」
「そんなことはないけどさ」
「一流の選手にでもならないと、食費が大変なことになりそうだぞ」
「努力はするよ」
 伍良が食後の烏龍茶を飲んでいる最中、マスターと祐輔はひそひそと会話をしていた。空き皿の山を見て気落ちしていた祐輔だが、父親と話し合うと決意を固めた表情になっていた。
「皿を洗ってから帰りますね」
「いや、いいよ。あまり遅くなるとご両親が心配する」
「わかりました。これからもよろしくお願いします」
 伍良はマスターに頭を下げた。慣れない格好と仕事で疲れたが、給料と食事のことを考えると続けようと思う。
「ほら、祐輔。夜に女の子の一人歩きは危ないからちゃんと送り届けなさい」
「そんなに家が離れてないから大丈夫です。それに腕っぷしには自信がありますよ」
 女になって多少は身体能力が落ちたが、そこらの男に負ける気はしない。わざわざ見送ってもらう必要はないと思った。
「万が一のことがあったら困るからね。襲われるようなことでもあれば、祐輔を盾にして逃げればいいから」
「親父は酷いなぁ。でも、夜道を一人で帰らせるのは不用心だから一緒に行くよ」
「……別にいいのに」
 女の子扱いされるのは苦手なのだが、好意は無下に断りにくい。押し切られる形で伍良は祐輔に自宅まで送ってもらった。
「疲れているのに悪いな」
「伍良から活力を分けてもらったから平気だ」
「そ、そうか」
 伍良の裸をちらりと見たことで、祐輔は下半身に気合が入ったらしい。冗談半分の言葉ではあったが、伍良も祐輔の裸を思い出していた。

子供の神様 (23) by.アイニス

(23)

「素晴らしく可愛いよ。私に愛する妻がいなくて、十歳若かったら口説き落としているところだ」
「は、はぁ、どうも……」
 メイド姿をマスターに披露すると、拍手喝采で迎えられた。ナンパな言葉をかけられて、伍良はおたおたしながら返事に詰まる。ごにょごにょと口の中で適当に呟いた。これから雇われる身としては、軽くあしらえない。
「親父!」
「ちょっとした小粋なジョークじゃないか。そんなに怒るな」
 伍良の代わりに祐輔が不機嫌そうだった。
 マスターを窘めてくれたので、正直ほっとする。軽い冗談だろうが、伍良には荷が重い。
「私の代わりに祐輔が頑張ってくれればいいさ。期待しているぞ」
「う、うん」
 今度は祐輔がマスターに話を振られて、たじたじとなって動揺していた。ちらちらと伍良の方を見ている。少し遅れてその意味を理解した伍良は、脳が一気に沸騰して真っ赤な顔になっていた。当然だが、男性を恋愛対象に考えたことはない。祐輔が頷いたように見えたが、あくまでその場のノリだと思いたかった。
「マスターの言うことを真に受けるなって。それにもたもたしていると、部活に遅れるぞ」
「そ、そうだな。行ってくる」
 慌てた伍良は友人をフォローして逃がしたつもりだが、喫茶店から出ていく祐輔の足取りには力がなかった。
「息子にはまだまだ人生経験が足りないな。これも青春か」
「あまりからかわないでくださいよ」
「私は本気だけどなぁ。伍良ちゃん、睨まないで、笑顔、笑顔。お客さんが来るまでは掃除を頼めるかな」
「……わかりました」
 おどけたような態度を取り続けるマスターに伍良は半眼でむすっとしていた。笑顔の維持に追加料金を取りたくなる。軽く息を吐いて掃除道具を取り出すと、店内の清掃を開始した。綺麗に片づけられているようでも、細かいところで汚れが残っている。一人では手が回らなかったのだろう。
「いらっしゃいませ」
 呼び鈴の澄んだ音が店内に響いて、伍良にとっては初めての客が入ってきた。笑顔で出迎えようとしたが、緊張して直角のお辞儀をしていた。
「午後からも再開したのか。駅前まで行かないと他の喫茶店はないから助かるよ。気分転換に歩こうと思ってラッキーだった」
 どうやら馴染の客らしい。マスターと同じ年くらいの男性は気さくに話しかけていた。
「お冷をどうぞ」
「美人の奥さんがいないのは残念だけど、こりゃまた可愛い娘を雇ったね。別嬪さんに汲んでもらうと、水の味まで格別に感じる。こりゃマスターのコーヒーの出番はないかな」
「ど、どうも」
 マスターと同じ人種で軽口が好きらしい。面倒な相手だとは思ったが、ぺこりと頭を下げた。
「うちはコーヒーだけでなく軽食も得意ですよ。オムライスなんかどうです?」
「いいね。この女の子がケチャップをかけてくれたら、最高の味になりそうだ」
 客の図々しい要望に伍良は戸惑う。ケチャップなんて誰がかけても味が変わるわけではないだろう。それにメイド喫茶ならそんなサービスもあるだろうが、ここは単なる喫茶店だ。
「それくらいやってあげたら」
 マスターに目で助けを求めたが、まるで役に立たなかった。むしろ面白がっている。初日でバイトを辞めようかと一瞬考えた。雇い主がいいというなら伍良としては断れない。腹立たしいが、これも給料のうちだ。別に厳しい労働を求められているわけではない。
「ほい、オムライスできあがり。伍良ちゃん、あとは頼むよ」
(美味そうじゃなぁ)
 ほかほかのオムライスを見て、瑞穂が羨ましそうな声を出す。おちゃらけたマスターの性格と違って、オムライスは優等生な感じで綺麗にまとまっている。長年喫茶店を経営しているだけあって腕は確からしい。
「ケチャップをかけますね」
「ただかけるだけじゃつまらないから、オムライスに絵でも描いてよ。お嬢ちゃんの顔がいいな」
 さっさと終わらせようと思ったのに、客が余計な注文をつけてきた。店内に客は一人なので調子に乗っているのだろう。伍良はケチャップの容器を握り潰しそうになった。絵を描いてもどうせ食べる時に崩してしまうのだ。
「絵心なんてないです」
「何事もチャレンジだからやってみてよ」
 刺々しい声で断ろうとしたのに客はしつこい。問答するのも疲れるだけだと思って、伍良はケチャップで自分の顔を描くことにした。
「……難しい」
 ケチャップの出る穴が広いので、線がどうしても太くなってしまう。表情なんて描けるはずがない。ツインテールがなければ、人の顔には見えなかっただろう。
「ユニークだね。また今度頼むよ。可愛く描けたらもっとサービスするからさ」
 下手くそな絵でも客は喜んでいる。客はすっと手を伸ばすと、伍良のエプロンドレスの胸元に紙幣を挟んでいた。チップということらしい。
「いえ、その困ります」
 無駄な作業をさせられて不愉快だった伍良だが、金を渡されてしまうとそれはそれで困ってしまう。一般的な店ではチップの習慣なんてないのだ。それに伍良の絵にそこまで価値があるとは思えない。
「労働の対価ということで気にしなくてもいいさ」
「マスターの言う通り。次も期待しているよ」
「ど、どうも」
 断ろうとしたが、マスターがいいというので結局は受け取ってしまった。チップを渡されたことで、不快な気分は吹き飛んでしまう。戸惑いは残っていたが、我ながら現金なものだと伍良は苦笑した。
「いらっしゃいませ」
 慣れない空気にぎくしゃくしていたが、次の客が入ってきたのでほっとした。仕事に集中してしまえば、余計なことは考えなくていい。覚えなければいけない仕事も多いのだ。ちらほらと客の姿が多くなりだして、伍良は忙しく立ち働いていた。

「……つ、疲れた」
 慣れない仕事の連続で、閉店する頃には汗だくになっていた。さっさとメイド服を脱ぎ捨てたい。体力には自信があるのに、手足が重くなっていた。
「伍良ちゃん、お疲れ。平日だからお客さんは少ないと思っていたけど、看板娘の噂を聞いて顔出しした人もいるみたいだね」
「うへぇ、俺目当てですか。勘弁して欲しいなぁ。物珍しさは初日で終わると思いたいですよ」
 目まぐるしく働いてお腹がペコペコだ。ずっと食事をしている客の姿を見せられて、恨めしそうな瑞穂の声がうるさかった。仕事が終わって空腹を意識すると、腹の音がけたたましく鳴り響いた。
「はははっ、これから伍良ちゃんのまかないを作るね」
「大盛りでお願いします」
 腹の音を聞いて、マスターが愉快そうに笑う。ちょっと恥ずかしかったが、あまりの空腹で伍良は遠慮がなくなっていた。
「今日は伍良ちゃんの記念すべきバイト初日だから、腕によりをかけようかな。その間に汗でも流してきてよ」
「それじゃそうしますね」
「メイド服は洗濯機のところに置いておけばいいから」
 数え切れないくらい祐輔の家には遊びに来ている。勝手知ったる他人の家だ。伍良は住居の方にお邪魔して、浴室に向かった。まずは浴槽に湯を出す。シャワーでは物足りない。ゆっくりと肩まで湯に浸かりたい気分だった。
「だるいなぁ。サッカーで体を動かした時とは違った疲れだ」
 汗で湿ったメイド服を脱いで、重くなった肩を回す。身軽になると空気が涼しい。最初のような変な客は少なかったが、それでも軽薄そうな男に話しかけられて閉口した。笑顔を続けようと努力したので、顔の筋肉が痙攣しそうだ。
「どいつもこいつも俺を女扱いするなぁ」
(女じゃからな)
「わかっているけどさ」
 風呂場の鏡には脹れっ面をした少女が映っている。可愛い部類に入る顔だとは思うが、中身はがさつな男である伍良なのだ。客には営業スマイルで騙されるなと言いたい。

子供の神様 (22) by.アイニス

(22)

「何か取ってくるものでもあるのか?」
 到着したのは祐輔の家の前だった。男だった頃は何度となく遊びに来ている。週末に泊まったこともあるので、祐輔の両親とも顔馴染だ。
 面接の前に書類でも書く必要があるのだろうか。祐輔に任せていたので何の準備もしてない。
「ここが伍良のバイト先だよ。うちが喫茶店だというのは知っているだろ」
「お前のところで働くのか!」
 祐輔の家が喫茶店だということを失念していた。まさか友人の父親が経営する店で働くとは夢にも思わなかったので、声が大きくなってしまった。
「うちの母親が調子を崩してさ。入院していて人手がいるんだよ」
「大丈夫なのか?」
「命には別条ないよ。疲れが溜まっていたみたいだから、入院といっても様子見に近いかな。しばらくしたら退院できると思う」
「早く良くなるといいな」
 夕飯を御馳走になったりしてお世話になっているので、祐輔の母親には早く回復してもらいたいものだ。
「バイトとはいえ、俺が力になれればいいけどさ」
「もう父親には話を通してあるから。店に入ってよ」
 人手が足りないので、喫茶店の営業時間を減らしているらしい。今は閉店時間のようだ。伍良が喫茶店に入ると、口ひげを蓄えたダンディな祐輔の父親が待っていた。
「こんにちは。祐輔君から話を伺って、今日はバイトの面接に来ました。よろしくお願いします」
「伍良ちゃん、そんなに堅苦しくなくていいよ。うちで働いてくれるなら大歓迎だ。息子も喜ぶだろう」
 祐輔の父親は以前と変わらず気さくな感じで伍良に接してきた。バイトをするのは初めての伍良は気構えていたが、フレンドリーな応対を見て肩から力を抜いた。
「親父、余計なことは言わなくていいから」
「私のことはパパと呼んでも構わないよ。可愛い娘が欲しかったからなぁ」
「いや、それは。マスターを呼ばせてもらいますね」
 あまりに親しげな態度だったので、伍良は面食らってしまう。さすがにパパはないだろう。口元が震えて引きつった笑顔になってしまった。
「悪い。親父はお調子者だから気にしないでくれ」
「頑固で窮屈な人より面白味がある人の方が楽しいから俺は大丈夫だよ」
 多少はお世辞が混じっているが、厳しくて気難しい人よりはいいだろう。
「それで俺はいつからバイトに入ればいいですか」
「出来れば今日から入って欲しい。それと週末もお願いしたいね。あとは調整かな」
「今日からですか。別に構いませんけど、どんな仕事をすればいいですか?」
 仕事に慣れるのは早い方がいいだろう。別に今日は予定を入れていない。
「裏方ばかりではなく、料理以外のことは全てお願いすると思う。ウェイトレスもやってもらうね。これが制服だよ」
「……メイド喫茶に出てきそうな衣装ですね」
 改造されたメイド服を見て、伍良の目は点になった。赤と白が入り混じった華やかな衣装で、可愛らしさ全開だった。祐輔の父親でなければ、拒絶反応でバイトの話を断っていただろう。
「最近の流行りを入れようと考えてみたのさ」
「これはちょっとどうかと。俺にとっては敷居が高いですよ」
「メイド服を着て働いてくれるなら、時給をアップするよ。これくらいならどうかな?」
「うっ!」
「まかないも出すよ」
「うっ、ううっ」
 時給を提示されて、伍良は硬直していた。想定していた金額よりかなり高い。激しい葛藤で額に汗が滲む。羞恥心と時給を秤にかけた結果、物欲が勝った。恥ずかしいとは思うが、このバイトを逃す手はない。
「任せてください。一生懸命頑張ります」
「うん、よろしく頼むよ。着替える場所は祐輔に教えてもらって」
「わかりました」
 祐輔と一緒に店の裏側にある、在庫が置かれた小さな倉庫に入った。家族経営の喫茶店だったので、ちゃんとした更衣室はないらしい。祐輔は戸棚に入った荷物を整理して、伍良の私物を置く場所を作っていた。
「騙し討ちのような形で無理を言ってすまない」
「別にいいよ。俺も助かるからな」
 とは言っても、赤いメイド服を持ち上げた伍良は、口をへの字に曲げていた。好んで着たい服装ではないことは確かだ。バイト料に釣られたが、男のプライドを切り売りした気はする。
「ぼやいても始まらないか。さっさと着てしまおう」
 怯みそうになる心を叱咤して、伍良は制服を一気に脱いだ。わざわざ白いストッキングも付属していたので、靴下も脱ぐ。手回しのいいことだ。
「俺には似合いそうもない恰好だよなぁ。祐輔もそう思うだろ」
 白ストッキングから穿き始めた伍良は、ハイソックスとは違う感触に渋い顔をした。滑らかなナイロン生地が足を擦る感触が好きになれない。それに生地が半透明で生足が見えそうだった。
「伍良なら似合おうと思う。看板娘に、なれるよ……」
 荷物の整理を終えて振り向いた祐輔は、喋っている途中で語尾が掠れた。視線がきょろきょろと動いて、頬に赤みが差している。伍良は着替えに集中しているので、親友の不審な動きに気づかない。
「はぁっ、見ちゃ悪いと思うのに、つい目が引きつけられる。伍良の体は魅力的だなぁ」
「急に声から元気がなくなったな。顔が赤くなっているぞ。どうかしたのか?」
 白ストッキングを穿き終ったところで、顔を俯けて震えている祐輔に気づいた。親友のおかしな様子に気づいて、伍良は着替える手を休めて祐輔に近づく。祐輔の眼前でブラジャーに包まれた胸が揺れた。
「ぶはっ! いや、むしろ元気が出そうで困っているというか。健全な男子にとっては目に毒だよ」
 鼻の頭を押さえて、祐輔は真っ赤な顔をしていた。ただ非常に焦りながらも、伍良の胸を食いつくように見ている。
「ああ、これか。男なら見たくなるのも当然だよなぁ。でも、胸が膨らむと邪魔だぞ」
 伍良は祐輔の前で胸を寄せて持ち上げてみた。ブラジャーの中で柔らかい肉が震える。至近距離で女の子の胸を拝んだ祐輔は、たじたじとなって後ろに下がった。
 長く付き合っている友人が相手だと、男だった時の感覚が色濃く出てしまう。頭では女になっていることはわかっていても、祐輔の存在を気にしないで着替えていた。
「おいおい、慌て過ぎだって。こんなのは脂肪の塊だぞ。俺も人のことは言えないけど、祐輔は初心だなぁ」
「わ、悪いかよ」
 こんなに動揺する友人の姿は珍しい。下着姿を見られるのは恥ずかしいが、祐輔の初々しい反応は面白かった。
「まさか俺で勃起しているとか。こんな男勝りな奴相手に」
「ううっ」
 祐輔が絶句したのでまさかと思ってズボンの股間を見ると、巨大なピラミッドが天高くそびえていた。本気で伍良の体に興奮しているらしい。微妙な笑いを浮かべたまま、伍良も黙ってしまう。気まずい雰囲気だ。男として当然の反応かもしれないが、友人が伍良に女を感じたのは面食らった。
(女になって日が浅い伍良は無防備じゃなぁ。男に襲われても文句は言えぬぞ)
「ぁぅ……」
 瑞穂に痛いところを突かれて伍良は小さな声で呻いた。男友達との距離の取り方がまだ難しいのだ。どうしても以前の関係を引きずってしまう。
「俺も無頓着だったな。その、悪かったよ」
 伍良はそそくさとメイド服に着替えて祐輔に謝った。この雰囲気を引きずりたくない。
「いや、すぐ出ていなかったこっちが悪い」
「それじゃお互い様ということで忘れよう」
「う、うん。でも、夜におかずにしてしまいそうだなぁ」
 祐輔の呟きは耳に入らなかったことにしよう。伍良も水咲のおっぱいに目を奪われたことがあるので、人のことをとやかく言えない。
「そのエプロンドレスは伍良の可愛さを引き立てている。カチューシャも清楚な感じがしていいよ」
「そうかぁ? ちゃんと着こなせているか疑問だ。鏡がないから俺にはわからない。それにスカートが短すぎる気がするぞ」
 姿を確認していないし、女装姿を褒められても、伍良としては返事に困る。ただ今までは鏡を持ち歩かなかったが、客商売をするなら身嗜みの確認に必要になるかなとは思った。

子供の神様 (21) by.アイニス


(21)

 水咲と別れて家に帰った伍良は、疲れを覚えてベッドに突っ伏した。自分の部屋に戻って気が抜けたのだ。初めてのことばかりで肉体的にも精神的にも負担が大きかった。
「……充実した一日だったとは思うけど、疲れた。眠い」
(水咲は親切じゃったなぁ。妾もミサンガとやらを作りたくなったぞ)
「しばらくはミシンや針を使わなくても大丈夫なものを教えてくれるらしい。心配だったけど、何とか続けられそうだ」
(妾も手芸部の活動に参加したくなったわ)
「俺自身の腕を鍛えないと意味がないだろ」
(見ているだけというのはつまらん)
 眠くてたまらないというのに、瑞穂が「つまらん」を連呼するので伍良はゆっくりと休めない。疲れている時に子供の相手をするのは骨が折れる。
「……俺は少し寝たいから静かにしてくれ。その間なら好きにしていいぞ」
(おおっ、そうか。それなら黙っていよう)
 瑞穂の相手をするのが面倒になって、伍良は奥の手を出した。体を貸すことに多少の不安はあるが、限界まで疲れているので休みたい。瑞穂が現代の常識に疎いといっても、そう無茶なことはしないだろう。静かになった途端に伍良は熟睡していた。

 目覚めたのは翌朝だった。一時間くらいで起きるつもりが、完全に寝てしまった。またもやネグリジェを着ていた。瑞穂が着替えさせたのだろう。苦笑するだけでさすがに驚かない。
「着心地はそんなに悪くないか」
 恥ずかしいビジュアルを容認できるなら、暑くなりつつある季節に着るのはありだろう。誰かに見せる恰好ではないので、意識し過ぎない方がいいかもしれない。
「少し腹がもたれている気がするな」
 おそらく瑞穂が伍良の代わりに夕飯を食べたのだろう。一晩経っているというのに、まだ腹が重たかった。瑞穂が体に住み着いてからは空腹感が付きまとっていたのに珍しい状態だ。
「今日は朝食を減らすか」
 そんなに食べるつもりはなかったが、母親の用意した朝食は白米と味噌汁だけだった。さすがに質素過ぎると思いながら味噌汁に口をつける。具が全く入ってなかった。
「他におかずはないの?」
「伍良が昨日の夕飯で冷蔵庫のものを全て食べちゃったからね。悪いけどそれだけよ」
「底なしに食べるから心配になったぞ。買い置きのカップラーメンまで食べてしまったからな」
「そ、そうだったね」
 どうやら瑞穂は伍良の目がないのをいいことに限界まで食料を胃に詰めたようだ。冷蔵庫を覗いてみると、調味料以外の食材が消えている。目覚めた時に腹が重たいわけだ。
「明日からはまた仕事が始められそうだ。医者が怪我の治りに驚いていた」
「それは安心したよ」
 あとでどう瑞穂を叱ろうか考えていると、父親が話しかけてきた。父親の足を見るとギブスが外れている。あと一か月はかかる骨折だったのに、もう完治しているようだ。最後に瑞穂が使った力で怪我の治りが早まったらしい。
「瑞穂を怒るつもりだったのに、出鼻をくじかれたな」
 父親が元気になった姿を見ると、あまり瑞穂には強いことを言えない。今日のところは大目に見ておこう。
「今日はちょっと遅くなるかもしれない。バイトをしようと思うんだ」
 祐輔が変なバイト先を紹介するとは思わないが、面接で時間を取られるかもしれない。口うるさい両親ではないが、帰りが遅くなったら心配するだろう。
「学業に障りがないならいいぞ。何か欲しいものでもあるのか?」
「手芸部に入ろうと思ってね。必要な材料は自分の小遣いで買いたいんだ」
「伍良が女の子らしいことをしたいなんて、今日は雨かしら」
 手芸部に入ると聞いて、両親が目を丸くして驚いている。男勝りの女の子だと思われているからだろう。
「三日坊主に終わらなければいいがなぁ」
「頑張るつもりだよ。それでいらない生地とかあれば譲って欲しいけど」
「確かあったと思うから探してみるわ。でも、伍良がねぇ」
 両親が意外そうな目で見ている。感情的にはちょっと面白くないが、伍良も似合わないことをしているという自覚はあるので苦笑していた。

 学校二日目になると、多少は気持ちが落ち着いてきた。伍良が女になったことに誰も違和感を持っていない。男の名前で呼ばれなければ、伍良が昔から女だったと思えるほどだ。名前の件で突っ込めば人によっては以前の記憶が蘇るかもしれないが、大きな騒ぎになる可能性もある。下手な手は打てなかった。
「見かけと違って神様の力は恐ろしいな」
 伍良が男だった痕跡は残っているが、日常生活では誰も思い出さないレベルになっている。子供のような外見と性格だが、瑞穂の力はかなりのものだった。
「誰も騒がず何事も起こらないと、俺ばかりが空回りしている気分になる。この環境に慣れる前に早く男に戻らないとなぁ」
 伍良だけが困っていて、誰も気にしないのだ。孤軍奮闘しているようで気が滅入る。あまり考えないようにしているが、頑張っても元に戻れる可能性は低いのだ。仮に元に戻れたとしてもいつになるかわからない。
「いけないな。一つ一つ終わらせていこう」
 伍良は首を振って暗い考えを振り払った。まずは目先の目標である奉納物の修理を目指そう。それには技術と金が必要だ。いざという時の為にも金は用意しておいた方がいいだろう。
「手間を取らせて悪いな」
「ちょうどバイトを探している店があったから、タイミングとしては良かったよ」
 放課後になって、祐輔と一緒に下校する。バイト先には話がついているらしい。
「どんな店なんだ?」
「喫茶店だね」
「在庫の整理でもすればいいのか。それとも皿洗いとか。肉体労働なら任せておけって」
「し、仕事の内容はマスターから聞いてよ」
 体力には自信があるのでどんな仕事でもするつもりだったが、伍良の言葉に祐輔は挙動不審になって目を泳がせていた。
「それにしても伍良が手芸部に入るなんて意外だったよ。部活に入るなら運動部だと思っていた」
「俺には似合わないか」
 腕を磨く必要がなければ、手芸部という選択肢はなかったとは思う。祐輔の言い分はもっともなので、伍良はほろ苦い笑いを浮かべた。
「そんなことないけどさ。それは伍良が作ったミサンガ?」
「ミサキチに教わって作ってみたよ。まだまだ編み方が甘いけどな」
「よ、よければ俺にも作ってもらえないかな? そ、その、勝てるように、とか、願いを込めて」
 伍良に口ごもりながら頼みごとをした祐輔は、大汗をかいて赤い顔をしていた。
「おいおい、その程度の頼みで緊張し過ぎだ。別に構わないぞ。ただ俺が作るよりミサキチが作る方が上手いけどなぁ」
「伍良に作って欲しいんだ!」
 祐輔がいきなり大声を出したので、伍良は驚いて仰け反りそうになった。親友の態度が不可解だが、強く頼まれるのは悪い気がしなかった。
「大声を出して悪かったな。伍良ならサッカーに詳しいからさ」
「それもそうだな。サッカーの勝利を祈るなら、俺が作った方がいいか」
「頼むよ」
「わかった。技術はないから複雑なのは無理だけど、どんな色にしたらいい?」
 バイトを紹介してもらうのだ。これくらいのことなら容易い。それに誰かの為に作るというのは練習の励みになるだろう。
「伍良と同じ色でいいよ」
「ミサキチに技術を習えば、少しは工夫できると思うぞ」
「いや、本当に同じでいいから」
「まっ、いいけどさ」
 模様とかを入れて少しは凝ったものを作ろうと思ったのに、祐輔は頑なに伍良がしているミサンガと同じデザインを求めていた。シンプルな方が祐輔の好みだろうか。気合を入れて作ろうと思ったので、伍良はちょっと残念だった。

子供の神様 (20) by.アイニス

(20)

 祐輔とサッカーの話をするのは好きだが、今日は風向きが悪いようだ。他にも情報を集めたかったので、伍良は話題を変えることにした。
「相談したいことがあってさ」
「伍良が相談事なんて珍しい。どんなことでも力になるよ」
(落ちこんだり、元気になったり、忙しい男じゃなぁ)
 伍良が話を持ち掛けると、落胆していた祐輔が顔を上げた。白い歯がこぼれそうな爽やかな笑顔を向けてくる。親友の態度に伍良は面食らっていた。
「週に何回かバイトをしたいと思っているんだけど、時給がいいところを知らないか?」
「バイトか。きつくてもいいのか?」
 相談事を聞いて、祐輔は考える素振りを見せた。商店街に家がある祐輔ならバイトの募集に詳しいかと思ったのだ。
「体力には自信があるからな。あと従業員にまかないとか出してくれそうな気前のいい飲食店がいい」
「給料が良くて飯も出してくれそうな店なら一件だけ知っている」
「さすが持つべきものは親友だな。助かるよ」
「……親友かぁ」
 感謝の気持ちを伝えたつもりだが、祐輔は少し表情を曇らせていた。だが、すぐに笑顔に戻ったので、伍良はあまり気にしなかった。
「先方には伍良のことを伝えて、面接ができるよう取り計らっておくよ。俺がその店まで案内するけど、明日の放課後は大丈夫か?」
「それはいいけど、祐輔にはサッカー部の練習があるだろ」
「伍良を紹介したら、急いで学校に戻ることにするよ」
「何だか悪いなぁ。俺も祐輔に相談事があれば力になるからな」
 昔から商店街に住んでいるので、祐輔は近所の店に顔が広いのだろう。親友の口利きがあった方がバイトにも有利に働くはずだ。
「そ、それなら今度サッカーシューズを買うつもりだから、休日に付き合ってくれよ。伍良はサッカーの知識に詳しいからさ」
 スパイクがすり減ってきたので、祐輔は新しいシューズが欲しいようだ。伍良に相談を持ちかけた祐輔は、何故か焦ったような口調だった。顔が赤くなっている。祐輔の態度に疑問は持ったが、伍良にとっては難しくない話だった。
「そんなことでいいのか。別にそれくらい構わないぞ」
「う、うん、楽しみだ」
 そんなに新しい靴を買うのが楽しみなのだろうか。祐輔は満面の笑顔になっていた。

 放課後、伍良は水咲の案内で手芸部の部室に向かった。先週までなら準備体操をしてグラウンドを走っていただろう。運動をすることが当たり前だったので、体を動かしてないともやもやした。
「ここがあたしたちの部室だよ」
「狭いな」
 部室には作りかけの作品や材料が置かれている。六畳ほどの空間だ。これでは伍良の部屋と大差ない。
「仕方ないよ。部員が少ないから」
「何人なんだ?」
「四人だよ。伍良君が入ってくれたら五人だね」
「廃部寸前じゃないか」
 サッカー部の人数は多かったので、どうしても比べてしまう。手芸部は部活として成り立つぎりぎりの人数だった。あまり人気がないらしい。
「寡黙な子が多いからね。勧誘には熱心じゃなかったのもあるかなぁ」
「そっか」
 今の伍良にとっては部員の人数が少ない方が疲れなくていい。大人しい子が多いなら、干渉してくることもないだろう。
「部室の窓からグラウンドがよく見える」
 手芸部の部室からはグラウンドが一望できた。サッカー部員が走っているのが見える。祐輔の姿もあった。
「あいつ目がいいな」
 窓にいる伍良に気づいて、祐輔が手を振ってきた。軽く手を振り返したが、伍良の心境は複雑だった。外の様子を見ていると、窓から飛び出したくなる。サッカー部の練習に混じりたかった。
「運動部員の声がここまで届いてくるね」
「作業の邪魔にならないのか?」
「気になるなら、音楽でもかけるよ。でも、作業に入ったら、周りの音なんて聞こえなくなるけどね」
 水咲がクラシック音楽をかけてくれたので、外から聞こえる運動部の声がましになった。完全に遮れるわけではないが、心が幾らか落ち着いてきた。これで手芸部の活動に移れる。
「小物を作るのに興味はあるけど、俺は全く経験がないからな。どうすればいい?」
「そんなに気張ることはないよ。初めは簡単なことから始めよう。そんなに材料はいらないから、まずはミサンガからどう?」
「俺に作れるかわからないけど、いいかもしれないな」
 縁起を担いでスポーツ選手が巻いていることもある。伍良も男に戻れることを願掛けして作ってもいいかもしれない。
「やってみれば簡単だよ。この中から好きな糸を選んで」
「白、青、水色あたりにしてみるかな」
「あたしが手本を見せるから、同じようにすれば大丈夫」
「わかった。やってみる」
 水咲が刺繍糸を編むのを見ながら、伍良も真似をして手を動かしてみた。何も道具を使わないで済むのが手軽だった。緊張した面持ちで手を動かしていた伍良だが、少しずつ形になっていくのを見るのは楽しい。集中していた伍良は他の部員が入ってきたことに気づかなかった。
「はい、完成だよ」
「俺でも出来るんだなぁ。思ったよりも簡単で拍子抜けたよ」
(面白そうじゃ。妾も作りたくなるぞ)
 初めて作った作品を見て、伍良は緊張を解いて笑った。水咲が作ったものに比べれば糸の編み方が甘いが、伍良でもちゃんとミサンガとしての形になっていた。不器用な伍良が手芸部を続けられるか不安だったが、これなら何とかなるかもしれない。伍良は手首に巻いた空色のミサンガを眩しそうに見ていた。
「初めから難しいことをしても続かないからね。まずは雰囲気から慣れてもらえればと思って」
「こうやって自分の手で小物を作るのは意外と楽しいな。毎日は難しいかもしれないけど、俺も手芸部に入らせてもらっていいか?」
 手芸部の活動は奉納品の修理に役立つと思ったが、果たして男だった伍良が続けられるか不安だった。部員は全員が女。空気に馴染めないと思ったのだが、手芸部の活動は静かで部員は黙々と作業をしていた。職人気質な人間が多いらしい。作っているものは可愛らしいのに、甘い雰囲気はあまりなかった。
「大歓迎だよ。これからよろしく」
 水咲が差し出してきた手を伍良が握ると、部員が作業の手を休めて小さな拍手を鳴らしてくれた。

 手芸部の活動が終わると、伍良は水咲と一緒に帰った。いつもはサッカー部員の男連中と帰っていたので、ちょっと不思議な感じがする。
「ミサキチのお陰で楽しみながらやれそうだよ」
「あたしも話し相手が増えて嬉しい。同級生はいなかったからね」
 伍良が入部を決めたので水咲は喜んでいた。顔から笑顔が途切れない。
「ただ俺にも事情があってさ。入部したばかりで悪いけど、明日は用事があるんだ」
「担任の先生はあまり顔を出さないからそれは大丈夫。でも、なるべくなら参加して欲しいな」
「俺もそうしたいけど、バイトで金を稼ぎたいのさ。これから凝ったものを作ろうと思うなら、材料費もかかるだろ」
「余った布の切れ端や糸ならあげられるけどね。使わなくなった古い衣服を利用する方法もあるよ」
「そっか。わざわざ買わなくても、いらなくなったものを再利用するのも手か。参考になったよ」
 材料は全て新品で買うつもりだったが、古くなったものを再利用すれば負担は少なくなる。それに奉納品を修理するには、古い布地や材料の方が馴染むだろう。古色が出ていいかもしれない。
「家で使わなくなったものを探してみるかな。母親がいらない糸とか持っているかもしれない」
「それがいいよ。発想次第で色々と作れるから」
「何だか希望が出てきた気がする。ミサキチには助けられてばかりだな」
「お互い様だから気にしなくていいよ」
 伍良に感謝されて、水咲は照れ臭そうに笑った。
 この調子で工芸の腕を磨いていけば、奉納品を修理できるようになるだろう。そうすれば、瑞穂の力も回復するはずだ。

子供の神様 (19) by.アイニス

(19)

「女子の授業はバレーボール、男子は外でサッカーか野球かな。はぁ、サッカーがしたい」
 体を動かすのは好きなのでバレーボールもいいのだが、サッカーには勝てない。外から賑やかな男子の声が聞こえてくると、グラウンドに駆けだしたくなってしまう。
「体の感覚が違うなぁ」
 男の体だった時の感覚が染みついているので、スポーツをするとなると体が空回りしてしまう。サーブの練習ではタイミングが合わなくて、何度も空振りをしてしまった。
「苛立つなぁ。ボールに手が当たるようになってもネットを超えない」
 運動神経はあるので練習をするうちにボールに当たるようにはなったが、身長がかなり縮んだので思うように高くボールが飛ばない。男だった時は身長が高い方だったので、女子の過半数よりも身長が低いのは面白くなかった。
「当たったら痛そうなボールを打つね」
「いくら威力があっても、ネットを超えないと意味がない」
 伍良がボールを打つたびに、ネットを支える鉄柱がギシギシと揺れる。破裂しそうな勢いで打たれるボールを見て、水咲がその威力を怖がっていた。女になったことで筋力と体力は落ちたが、伍良は女子の中ではトップクラスの身体能力を持っているようだ。もっとも、ちゃんとボールがコートに入らなければどんなに威力があっても無駄だ。
「もっと大きく跳んでみるか」
 身長が低くなった分の高さを補おうと、全身のバネを使って空中にジャンプする。体が軽いという利点はあるので、ジャンプ力は増しているような気がした。
「ふううぅっ、どうにかコートにボールが入るようになったな」
 高く跳ぶので体力は消耗するが、弾丸のような威力でボールがネットを超えるようになった。ボールが床を打ち付ける音を聞いて、足が竦んでいる女生徒もいた。
「伍良はいい球を打つなぁ。身長がないのが惜しいけど。部活に入ってないなら、バレー部に入らないか?」
 バレー部に所属している女生徒が、伍良の練習を見て勧誘をかけてきた。即戦力になると思ったのだろう。
「悪い。俺はサッカーがしたいんだ」
「そっか、残念だよ。伍良はマネージャーでもないのにサッカー部によくいるね。男子に混じってサッカーしていることもあるし」
「……俺がサッカー部に行っても、おかしくはないのか」
 女になったことでサッカー部との縁が切れたと思っていたが、男子に混じってサッカーをしていたことになっているらしい。思わぬ情報を手に入れて、伍良の頬は自然と緩んだ。迷惑になるかもしれないが、たまにはサッカー部の練習に混じりたい。
「まだ話してないからサッカー部の奴に探りを入れないとなぁ」
 臆病な気持ちが心の何処かにあって、男友達だった連中にはまだ話しかけていない。今の関係を知るのが怖いのだ。誰も伍良の存在をおかしいと思ってないので、様子見はそろそろ終わりにすべきだろう。
「昼休みを利用して話しかけてみるか」
 サッカー部に所属していて、親友といえる間柄のクラスメイトがいる。部活動以外でもいつも一緒にいるような仲だった。関係が多少変化しているかもしれないが、友人なのはそのままだと思いたい。

「いい汗を流したな」
 思いっきり体を動かしたので、多少は気持ちがせいせいした。体のことで憂鬱になりがちだが、ストレスを発散するにはスポーツが一番だと思う。
「空気の匂いが違う気がする……」
 性欲も汗と一緒に流れたかと思ったが、更衣室の光景を見た伍良は頭が煮えてきた。更衣室に漂う空気が甘い気がする。密閉された狭い空間に汗を流した女の体臭が充満していた。女生徒の火照った肌が艶めかしい。
「……下着が透けているな」
(伍良は性欲が旺盛じゃなぁ。熱い視線を送っているのがよくわかるぞ)
 視界を共有している瑞穂が、伍良の熱い眼差しを感じて苦笑する。伍良は怪しまれると思いながらも、女生徒の下着から目を離せなかった。汗で下着が濡れて、乳首や恥毛が見えかけている。伍良は着替えるのを忘れて立ち尽くしていた。

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挿絵:菓子之助

「伍良君、やけに頬が赤いよ」
「い、いや、体育に熱中していたから疲れが出ただけだ。心配ない」
「そうかな。目つきがいやらしかったよ。まるで男の子みたいだった」
「き、気のせいだ」
 水咲に鋭いところを突かれてしどろもどろになりかける。伍良は慌てて体操着を脱ぐと制服に着替えた。

 性欲からは立ち直ったが、今度は食欲が襲い掛かってきた。空腹を自覚すると、腹が痛いくらいだ。瑞穂が体の中にいるので燃費が悪い。ふらふらしながら教室に戻ると、伍良は大きな弁当箱を取りだした。
「弁当箱が男の時とそのまま同じで助かった」
 母親が気を回して、女の子用のサイズにしなくて良かったとしみじみ思う。女になった直後なら多かったかもしれないが、瑞穂がいる今となっては足りないくらいだ。
「祐輔はいるな」
 弁当を食べようとしているサッカー部の親友の姿を見つけて、伍良は椅子を持って移動した。祐輔の机の横に椅子を置いて、弁当箱を机に下ろす。
「い、一緒に食おうぜ」
 先週までは当たり前の行為だったのに、声が上擦っていた。変に心臓がドキドキしてくる。平気な顔を装っていたが、頬が少し熱くなっていた。
「別に構わないよ」
 祐輔の態度には以前と変わった様子はない。気負った様子もなく自然な感じだった。伍良としては拍子抜けではあったが、肩から力も抜けた。
「相変わらずデカい弁当箱だなぁ」
 包みから開いた弁当箱を見て、祐輔が茶化すように言った。伍良の弁当箱は無骨で角張っていて、祐輔の弁当箱よりも大きい。
「うっせ。俺は成長期だからもっと大きくなりたいんだよ」
「縦に伸びるならいいけど横だと大変だよ。背は低めだけどスタイルはいいんだから、少しは減らしたらどうかな」
「余計なお世話だ。それに俺は体を動かして消費しているから問題ない」
 女扱いされて伍良が憮然とした顔をする。親友であっても男女の垣根は存在するようだ。
「それもそうか。伍良のサッカーの腕前は下手な男よりもよほど上手だからね。サッカーに対する情熱は男以上のものを感じる」
「また練習に混じらせてくれよ」
「顧問がいない時ならいいけどさ。女子が混じっているといい顔をしないからなぁ」
「……俺が部外者だから仕方ない」
 サッカー部員は伍良が混じっても気にしないようだが、顧問にとっては目障りな存在になっているようだ。熱血教師の顧問とはそれなりに仲が良かったが、女になったことで関係が大幅に変化している人間もいるらしい。祐輔との関係がそのままに思えたので、油断しそうになっていた。
「伍良がマネージャーをしてくれたら、顧問も文句を言わないと思うんだけど」
「俺はサッカーがしたいんであって、部員の世話を焼きたいわけじゃないからな」
「残念だなぁ。女の子の声援があれば、みんな燃えるはずだよ」
「俺の声で頑張られたら気持ちが悪いわ」
 伍良は吐き気を催したような渋い顔をしていた。まだ男としての意識が強いので、伍良の声援で部員が奮起するとは思えないのだ。
「そうかなぁ。伍良は可愛いと思うけど」
「……面と向かって可愛いと言うのは止めてくれ。特に祐輔からだとショックが半端ない」
 女生徒から格好いいと言われたことはあっても、男から可愛いなんて言われたことがない。それを親友の口から言われると、衝撃は計り知れなかった。それなりに見栄えのする外見ではあるが、アイドルほどじゃないと思う。
「本心なのになぁ。伍良を褒めるのは難しいよ」
 伍良にけんもほろろに返されて、祐輔はがっくりと肩を落としていた。かなりしょぼくれているので少し罪悪感があったが、男に容姿を褒められるのはどうにも座りが悪かった。

子供の神様 (18)  by.アイニス

(18)

 学校に行くのは憂鬱だった。試験がある日でもここまで気が重たかったことはない。
「仮病を使っても寝ていたいよ。どんな顔をしてクラスメイトに会えばいいのやら」
 目的意識を持っていたはずだが、実際に学校に行くとなると気後れしていた。不特定多数の知り合いに女の姿を見られたくない。記憶を改変されているので向こうは気にしないが、伍良が気恥ずかしいのだ。頭で理解していても、感情が納得できない。
(伍良が寝たいというなら、妾が学校に行ってもいいぞ)
「うっ、それは。いや、ちゃんと学校に行くよ」
 一瞬だけ心が揺らいだが、瑞穂に任せたらどうなるかわからない。それに逃げ続けても解決にはならないのだ。
(もっとゆっくり食べてくれんと味がわからぬ)
 起きるのが遅れたので大慌てで朝食を食べた。瑞穂が愚痴っていたが、口は食べ物を咀嚼するのに忙しい。
「もう少し落ち着いて食べたらどうだ。早食いは体に悪いぞ」
「口にものを詰め込むのはみっともないわよ。女らしい慎みを持ちなさい」
 両親からも注意されたが、小言を無視して伍良は朝食を食べる勢いを落とさなかった。時間があまりないというのもあるが、女の子扱いされたのが面白くなかったのだ。男のままだったら注意されなかっただろう。
「これからは毎日スカートを穿いて登校するのか」
 朝食を食べ終わって部屋に戻った伍良は、新しく買った制服を複雑な顔で眺めていた。整った眉の間にしわを寄せながら、伍良はネグリジェを脱いで裸になった。
「白が無難だろうな」
 素っ気ない色のブラジャーやパンツを選んで着たが、女物の下着にはまだ慣れそうにない。パンツを穿くたびに股間が真っ平らであることを意識させられた。
「夏服には胸元のリボンがないだけましか」
 秋になるまでには男に戻りたい。冬服のことを考えた伍良は、水咲から貰った髪を束ねるリボンの存在を思い出した。寝る前に解いて机に置いたのだ。
「……どうしようか」
 手芸部で水咲に教えてもらうなら、心証を良くした方がいいだろう。リボンをしなくても気にしないとは思うが、した方が嬉しいに決まっている。伍良はかなり迷ったが、結局はリボンを手に取った。男に戻る為には必要なことだと自分を無理矢理に納得させる。
「む、難しい」
(下手じゃなぁ)
 左右均等に髪を束ねてツインテールを作ろうとしたが、うまくバランスが取れない。リボンも綺麗に結べなかった。何度も失敗したので、瑞穂が呆れたような声を出す。
「もうこれでいいや」
 髪型が整っているとは言い難かったが、もう時間がない。これ以上やっても失敗を繰り返すだけだろう。面倒になった伍良は適当なところで諦めた。
「急がないと遅刻するな」
 飛び出すように家を出ると、伍良は髪をなびかせて学校に向けて走った。足が短くなっているので、思うような速さが出ない。少しは余裕を持って教室に入れるかと思ったが、遅刻ぎりぎりになってしまった。
「……危なかった」
 着席すると同時にチャイムが鳴る。息を整えながら周りを観察してみたが、伍良のことをおかしいと思う生徒はいないようだ。安心する気持ちの方が多かったが、誰も伍良が男だったことを覚えてないのはやや不満だった。一人くらいは気にして欲しい。
「一時間目の授業は何事もなく終わったな」
 変に緊張しながら授業を受けたが、特に問題もなく休み時間になった。事件がなくて当たり前だが、拍子抜けしたのも確かだ。
「伍良君、今日は遅刻寸前だったね」
(水咲ではないか)
「少し寝過ごした」
 話しかけてきた女生徒の顔を見て、瑞穂が嬉しそうな声を出した。
「リボンをしてくれたんだ。でも、ちょっと歪んでいるね。直してもいい?」
 髪をツインテールに束ねている伍良を見て、水咲の顔から笑顔がこぼれている。喜んでいるようなので作戦は成功したと思っていいだろう。下手なりに頑張った甲斐があったというものだ。
「そうしてくれると助かるよ。我ながら不器用だ」
「やっているうちに慣れると思う。はい、できたよ」
「は、早い」
 水咲がリボンを解いたと思ったら、もう髪がまとまっていた。水咲が取り出したコンパクトミラーを見ると、綺麗に髪が束ねられている。可愛い雰囲気の顔にはまだ慣れてなくて、鏡を見ると伍良は照れ臭かった。
「今日の放課後は手芸部の案内をよろしく頼むよ」
「任せておいて。伍良君が気に入ってくれたならいいなぁ」
 授業中でも伍良は他の生徒の目をずっと気にしていたが、休み時間に水咲と話したことで気持ちが落ち着いてきた。困った時の味方が一人でもいるのは心強い。

 多少の緊張はあったが、二時間目の授業も無事に終わった。
「そろそろ小便が近いな。しょうがない、行くしかないか」
 少しずつ新しい状況に慣れようとしているが、緊張が残っているので膀胱が重くなってきた。自宅では慣れてきたが、学校の女子トイレを利用するのは初めてだ。気持ちの上では男子トイレに入りたい。
「堂々としていればいいのはわかっているけど」
 女子トイレに入るのは後ろめたい気がしてしまう。まるで痴漢になった気分だ。女子トイレの入口で足が止まりそうになる。気恥ずかしさで頬を火照らせながら、伍良は桃色のタイルを踏んだ。手洗いにある鏡を見て、ちゃんと女に見えるか確認する。
「うん、問題ない。俺は女だ」
 外見におかしなところはないと思う。女生徒に変だと思われる恐れはないと安心してから、伍良はそそくさと開いている個室に入った。あとはもう女のトイレで迷うことはない。
「……小便の音が隣にまで聞こえてきたな」
 個人差のある生理現象で仕方ないとは思うが、壁を通して意外に大きな水音が聞こえてきた。隣の女生徒は気にしてないのだろうが、恥ずかしい音を聞いて伍良が赤面してしまう。女として駆け出しの伍良は初心なのだ。
「あらかじめトイレの水洗を流して音を誤魔化す人もいるか。そこまでするのもなぁ」
 いちいち気を使うのは面倒だ。そういう大雑把なところは男としての性格が出ているのだろう。それに伍良の小便の音はそんなに大きくないはずだ。
「一週間くらいは肩が重くなりそうだ」
 トイレから出た伍良は首を左右に振ってから軽く肩を揉んだ。変に構えてしまうので、しばらく血行が悪くなりそうだった。

 三時間目の授業も無事に終わった。問題なのは四時間目の体育だ。
「伍良君、更衣室に行こうよ」
「……わかった」
 水咲に声をかけられて伍良は教室から出た。後ろを一瞬だけ振り返ると、男子が体操着に着替えている。男子は教室、女子は更衣室で着替えることが多い。
「どうかしたの?」
「いや、何でもない」
 更衣室の前で足を止めたので、水咲が怪訝な顔をしていた。変質者になった気分で女子が使う更衣室に入る。肌を無造作に晒している同年代の女子の姿を見て、伍良は鼻の奥が熱くなりそうだった。
「思ったより刺激が強いなぁ。鼻血が出そうだ」
 伍良が挙動不審に視線を泳がしても、誰もおかしいと思っていない。好きに女の子の下着姿を見放題だ。体操着に着替えるのを忘れて、女子の胸や股間に熱い視線を注ぎたくなってしまう。
「ぼーっとしてどうかしたの?」
「みんな可愛いと思ってさ」
 つい率直な意見を口にしていた。雑誌や映像で見るのと違って、現実の体には生々しい質感がある。多少は顔で劣っていても、躍動する体は色っぽかった。
「下着が可愛いってことかな」
「ま、まぁ、そんなところだ」
 エッチな目で女子を見ていたとは言えず、不思議そうにする水咲に伍良は曖昧に頷いた。あまり自信はないが、怪しまれる行動は慎むべきだろう。体操着に着替えるのは最後になってしまって、伍良は体育館に走る羽目になった。

子供の神様 (17) by.アイニス

(17)

 これからの方針を決めたところで、伍良は宿題に取り掛かった。もっとも、学力が高くないこともあって簡単には終わらない。
(暇じゃ)
 それに瑞穂がうるさくて、勉強に集中できない。
(今の妾は伍良と視界も共有しているようじゃ。見たいものが見られないというのは不便だぞ)
「消滅しなかっただけましと思ってくれよ」
 瑞穂が消えてしまったら困ったが、存在したならしたで迷惑な神様だ。
(仕方ない。妾は寝るとするぞ)
「はいはい、おやすみ」
 ようやく頭の中が静かになって伍良はほっと息を吐いた。一人の時間をなかなかもてないというのは大変そうだ。瑞穂の力を早く回復させて伍良から分離させないと疲れる毎日になりそうだった。
「くそっ、終わらない」
 いびきが聞こえるわけではないが、人が苦労しているのに先に寝られるというのも腹立たしいものだ。
「疲れた。俺もさっさと寝よう」
 伍良は悪戦苦闘しながら、どうにか宿題を終わらせた。眠気が強くなって目蓋が重い。
「そういえば新しい寝間着を買ったっけ」
 その時は試着で疲れていたので記憶が曖昧になっているが、男物のパジャマの代わりになるものを水咲に買わされた気がする。伍良は買い物袋を漁ってみた。
「うわぁ!」
(うるさい。耳元で大声を出すな)
 パジャマの代わりになる女物の服を見つけたが、思わず声に出して驚いてしまった。伍良の声は中にいる瑞穂によく届くようで起こしてしまったらしい。不機嫌そうな声が頭に響いた。
「うーん、これを買ったのか。まるで覚えがない」
 水咲に勧められるまま買ったとは思うが、その時の記憶が全く残っていない。透明感のある色っぽいネグリジェを見て、伍良は茫然としていた。これを着たら恥ずかしくて悶絶しそうだ。
「これはちょっと着たくないなぁ」
(妾は可愛くていいと思うぞ。試しに着てみたらどうだ)
「無理だって。こんなのを着て寝たら気が休まりそうにない」
 瑞穂はネグリジェに興味を引かれたようだが、伍良は肌が透けて見えそうな衣服を着る気にはなれない。本当はあまり女だということを意識しない服装が好ましいのだ。それに下着が透けて見えたら、健全な男子としては変な気分になる。悶々とした夜を過ごすことになるだろう。
「男物のパジャマの方が気楽だ」
 今までのパジャマを着て寝ようと思ったが、手足が長くてダブダブだ。そろそろ蒸し暑い季節になってきたので、体に合わない大きなパジャマでは暑苦しい。
(寝苦しそうな恰好に見えるのぉ。伍良が言うような楽な姿には思えぬぞ)
「言われなくてもわかっているよ」
 痛いところを指摘された伍良は、憮然とした声を出した。ネグリジェの方が涼しくて寝やすそうだとは思う。それでも、男の意地で引き下がれない。じっとりとした汗をかいて暑苦しい思いをしながら寝る羽目になった。

 翌朝はあまり深い眠りに入れなかったようで、目覚めても頭がぼんやりとしていた。女になって初めて寝た夜だ。前向きに考えて悩まないようにしていても、やはり心は不安定だったのだろう。
「色っぽいなぁ」
 寝惚け眼で体を見下ろすと、ブラジャーが透けて見えていた。色気のある景色を見ると、股間が勃起しそうな気がする。伍良は回転しない頭で艶やかな膨らみを見詰めていた。他人の艶姿を見ているような気分で、目の保養だと思っていた。

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挿絵:菓子之助

「違うだろ。しっかりしろよ、俺」
 存分に女のセクシーな姿を堪能したところで、ようやく伍良の目が覚めてきた。自分を叱りつけて意識を覚醒させる。しばらくは女の体に慣れそうにない。思考は男のままなので、ついついエッチな目で自分の体を見てしまう。誰からも文句は出ないので、好きに体を弄りそうだった。誘惑の多い体で参ってしまう。
「おかしいな、俺はネグリジェを着た覚えはないぞ」
 意識がはっきりとしたところで、伍良は首を傾げた。寝苦しくて着替えたのだろうか。むしろパジャマを脱ぎ捨てて下着姿になっていた方が納得できる。
(伍良は暑苦しくてずっと唸っていたぞ。うるさくて眠れなかったわ。それで妾が着替えさせえやった)
 難しい顔で悩んでいると、眠そうな瑞穂の声が聞こえてきた。どうやら犯人は瑞穂らしい。道理で着替えた記憶がないはずだ。
「瑞穂の仕業か。でも、どうやったんだ?」
 体のない瑞穂がどのような方法で伍良を着替えさせたか気になる。
(簡単な話じゃ。伍良が寝てしまうと、体の主導権が妾に移るらしい。妾は伍良の体を動かして、服を着替えさせたというわけじゃ。なかなか新鮮な体験だったぞ)
「参ったなぁ。余計なことをするなよ。俺はこれからおちおち寝てもいられないのか」
 まさか伍良の意識がないと瑞穂の好きなように体を使われるとは思わなかった。今回はネグリジェを着せられただけで済んだが、今後はどんなことをされるかわからない。瑞穂が善意で行った行為でも伍良が迷惑を被る可能性はある。
(ふんっ、妾が世話を焼いたのがそんなに気に入らないのか)
 好意を無下にされて、瑞穂はへそを曲げていた。声が拗ねている。扱いの面倒な神様だった。いや、神様というのは太古から扱いの難しいものだろうか。様々な国の神話を思い浮かべてみると、神様に関わった人間はたいてい碌な目にあわない。
「あっ、いや。これからは何かをする前に俺に相談してくれよ」
(伍良の意識がないのに相談できるわけがなかろう)
 同居人が拗ねたままでは厄介なので、伍良は瑞穂を宥めようと思ったがうまくいかない。
「俺にも生活があるからさ。体を動かすのは緊急事態に限定してくれよ」
(それではつまらん。牢獄にいるようなものではないか。たまには妾も伍良の体を動かして気分転換がしたいぞ)
「どうして俺は瑞穂に関わってしまったんだ……」
 無茶なことを言われて伍良は気が遠くなってきた。ある程度は譲歩しないと、瑞穂は納得してくれそうにない。ただ一度約束をしてしまえば破ることはないだろう。それだけは信用できそうだ。
「わかった。たまになら、誰の目もない時ならいい」
(うむ、わかればいいのだ。妾とて伍良に迷惑をかけたいわけではないからな)
 伍良が仕方なく妥協すると、瑞穂が偉そうな態度で聞き入れた。現在進行形で迷惑をかけられていると思ったが、伍良はどうにか口に出さずに我慢した。
(服を着替えてから伍良の部屋にある本を読ませてもらった。なかなか面白くて一気に読んでしまったぞ。続きが気になる)
「どの本?」
 目覚めた時に伍良が眠かったのは、瑞穂が夜更かししたこともあるようだ。瑞穂が読んだ本を確認すると、少年誌に連載されていた漫画だった。伍良が好きな作風ではあったが、途中で打ち切られて未完になっている。作者が大風呂敷を広げすぎて、物語が支離滅裂になってきたのだ。
「それはもう続きは出ないよ」
(えっ、作者が亡くなっておるのか。これからの展開が楽しみだったのに惜しいのぉ。人間というのは儚いわ。非常に残念じゃ)
「う、うん、そうだな」
 瑞穂が面白いと思ったのだから、人気が低迷して打ち切られたと伝える必要はないだろう。伍良は曖昧に口を濁した。
「漫画を読むくらいならいいけどさ。疲れが取れなくなるから、一時間くらいで勘弁してくれよ」
(妾はその気になれば不眠不休で起きられるが、人間の体というのは不便なものじゃ。寝ようと思えばずっと寝ていることも可能ではあるがなぁ)
「一か月くらい寝ていても俺は構わないぞ」
 気が向いた時に相手をするのはいいが、子守をずっとするのは骨が折れる。伍良にとって瑞穂というのはたまに会う親戚の子供みたいなものだ。
(本当に暇になったらそうするが、まずは部屋にある本を読破したい。それに伍良の日常にも興味があるぞ)
「俺の生活なんて当たり前で特に変わったことがないけどなぁ。見ていて面白いものじゃないぞ」
(それは見てから判断するとしよう)
 瑞穂の干渉を抑えようと素っ気なく言ってみたが、神社に引きこもっていた神様にとっては見るもの全てが目新しいようだ。伍良は小さく溜息を吐いた。

子供の神様 (16) by.アイニス

(16)

 表情をなくして伍良は虚脱状態に陥っていた。どうやって家に帰ってきたか覚えていない。工事をしている人に怒鳴られたが、無我夢中で崩壊しつつある神社に飛びこんで、奉納物を回収したのは僅かに記憶に残っている。間一髪で生き埋めになるところだったが、壊れた奉納物を薄汚れた毛布に包んで持ち帰ってきた。
「どうしよう……」
 伍良は今までにないような気落ちした声で呟いた。瑞穂が消えてしまったら男に戻れる可能性はない。一生を女として暮らす覚悟なんてなかった。男に戻れる希望があったからこそ、女でいることを許容できたのだ。
「瑞穂、本当に消えてしまったのか」
 手にはまだ瑞穂の重みが残っていた。消えたことが信じられない。あの威張った子供みたいな神様は、ひょっこり無事な姿で現れそうな気がした。
「悪い冗談だよな。瑞穂、頼むから出てきてくれよ」
 伍良は今にも消えそうな心細い声で見えない神様に頼んでいた。胸が苦しい。無茶苦茶なところはあったが、話してみると憎めない性格をしていた。このままお別れというのは納得できない。
「瑞穂、俺はまだ和菓子の美味しい店には行ってないぞ」
(……う?)
 瑞穂の姿は見えなかったが、微かに声が聞こえた気がした。伍良の心臓が大きく跳ねる。甘いものには目がなかったから、伍良の呼びかけに反応したのかもしれない。
「瑞穂、いるのか!」
(……うっ、ううっ)
 大きな声で名前を叫ぶと、確かに瑞穂の呻く声が聞こえた。
「瑞穂!」
(妾は眠い……誰が眠りを妨げるのじゃ)
「俺だ、伍良だよ。俺の声が聞こえるなら出てきてくれよ」
(ああっ、聞き覚えのある名前じゃ。少し目が覚めたような気がするぞ)
 瑞穂の姿は未だに見えなかったが、伍良の頭には眠そうな声が伝わってきた。幻聴でも構わない。伍良は必死になって瑞穂に呼びかけていた。
「瑞穂!」
(今にも泣きそうな声で呼ばれたら、起きざるを得ないではないか。どうやらかろうじて消滅からは免れたようじゃ)
 目を潤ませた伍良が大声で瑞穂の名前を呼ぶと、頭で響く声が明瞭になっていた。
(伍良との縁が深くなっていたからのぉ。無意識にじゃが、妾は伍良の中に逃げたらしい)
「瑞穂が無事だとわかって安心したよ」
(無事とは言い難いわ。もはや幽霊とさほど変わりない。妾が力を取り戻すのは不可能に近いぞ)
「それでも瑞穂がいるなら、可能性はまだ残っている。それなら俺は諦めないよ」
 瑞穂の声が聞こえたことで、伍良は活力を取り戻していた。これで男に戻れる可能性も僅かに出てきた。困難な道かもしれないが、可能な限り努力したいと思う。
(茨の道になる。女として暮らすことを選べば楽になるというのに、伍良は強情じゃなぁ)
「俺のことだけじゃない。瑞穂の顔もまた見たいからな」
(ふむ、言うではないか)
 伍良の言葉を聞いて、笑いを含んだような声が頭に響く。
(妾も叶うならば、伍良とまた街を見て回りたいものじゃ)
「頑張ってみせるさ」
 瑞穂の些細な願いを叶えたいと伍良は切実に思った。男に戻るためという理由はあるが、どんな手を使っても瑞穂の力を取り戻してやりたい。
「まずは奉納品を修理しないとなぁ」
(目先のことからコツコツと積み上げていくのが肝要じゃとは思うぞ)
 瑞穂の力がどの程度回復するかはわからないが、伍良の努力次第で奉納品は修理できるはずだ。もっとも、奉納品を修理しただけで瑞穂が完全復活するとは思えない。他の手段も考えておきたかった。
「他に瑞穂の力を回復させる方法はないのか?」
(人々が神の存在を忘れれば、神の力は弱まっていく。神社というのは神の住処、そして象徴じゃからな。古くから存在した神社を壊れたのは非情な痛手じゃ。とはいえ、伍良が神社を再建するというのは難しかろう)
「神社を建て直すとなると、幾らお金がかかるかわからないな。バイトをしてもとても足りないよ。でも、自由に使えるお金は集めておく必要はあるか」
 伍良の通う学校ではバイトをするのは禁止ではないが、バイトで稼げる給料ではたかが知れているだろう。ただ小遣いだけで奉納品を修理するのは難しい。もし手芸部に属したら、部活で使う道具も買う必要がある。割のいいバイトを探すのは一つの手かもしれない。
「週末だけでもバイトをするか」
 近所にある本屋に行って無料のバイト雑誌を貰ってきたが、勤務時間や時給を考えるとこれはというものが見つからない。学生では時給が安いのは当然ではあるが、時間をあまり無駄にはしたくなかった。
「週明けに学校に行ったら、クラスの皆から情報を集めてみるか。もしかしたら誰か割のいいバイトの伝手を持っているかもしれないからなぁ」
 月曜日になったらやることが多そうだが、目標が定まっていれば不安は軽減される。女になったまま無為の日を過ごすのは伍良が耐えられない。
「伍良、そろそろ夕飯よ」
「もうそんな時間か。考えに没頭していたからなぁ」
 母親に呼び出されて窓を見ると、外は日が暮れて真っ暗になっていた。時間を忘れてこれからの方針について考えていた。
「足の痛みがなくなってきたぞ。これなら早く仕事に復帰できるかもしれないな」
 伍良がリビングに行くと、父親が明るい顔をしていた。瑞穂のことで手一杯で忘れていたが、どうやら神力で怪我の回復が早まったらしい。父親の元気そうな顔を見ると、伍良も活力が湧いてくる気がする。瑞穂の為に頑張ろうと思った。
(温かくて美味しい食事じゃ)
 夕飯を伍良が口にすると、感動したような声が頭に響いた。
「俺が食べた料理の味がわかるのか?」
「伍良、どうかしたか」
「いや、何でもない。独り言だよ」
 瑞穂の声を聞いて、伍良はつい声に出して質問してしまった。会話の脈絡もなく喋った伍良を見て、両親が怪訝な顔をしている。瑞穂の声はやはり伍良にしか届かないらしい。少し恥ずかしい思いをすることになった。これからは気を付けないと変人に思われかねない。
(今の妾は伍良と一体化しておるようなものじゃ。それで味がわかるのだろう)
「ふぅん」
 両親に気づかれないよう声を出して伍良は相槌を打った。
(つまり伍良が甘いものを食べれば、妾にもわかるということじゃ)
「ははっ……」
 小さな声で笑う。どんな状況になっても、食い意地の張った神様だ。瑞穂が思ったよりもしょぼくれてなくて、伍良は少し安心した。たまには喫茶店に行って、瑞穂の好きな物を食べてもいいだろう。
「おかわりっ」
 気分が前向きになってくると、胃腸の働きも活発になるようだ。女になって胃袋が縮んだかと思ったが、伍良は二杯もおかわりをしてしまった。
「微妙に物足りない気がするなぁ」
 テーブルに並んでいたおかずを全て平らげたが、まだ空腹を感じていた。さすがにおかしい。
(どうやら妾が存在する為の力を伍良の食事から補っているようじゃ)
「それでか。女になったのに男の時よりも食えそうだぞ。餓鬼が体内に巣食っているようなものか」
(否定はできぬが、酷い言い草じゃのぉ)
 苦笑したような声が頭で聞こえた。サッカーで体を動かしていた伍良は大食いだったが、今の方が底なしに食えそうだった。三度の食事だけで満足できそうにない。
「小遣いで間食をしないと体が持ちそうにないな。大盛りで安い店も探す必要がありそうだ」
 瑞穂が消滅してなかったのはありがたいが、これからは食費が嵩みそうだ。太る心配はなさそうだが、バイトで稼がないと空腹で辛いことになる。バイト先は飲食関係になりそうだ。
「バイトに飯を食わせてくれる羽振りのいい店を探すか」
 そんな都合がいい条件はなかなかないとは思うが、金と飯を両立させるバイトを見つけたかった。

子供の神様 (11)~(15)総集編 by.アイニス

(11)

 伍良の視線を恐れるようにそそくさと水咲は服を着直していた。
「それじゃ本当に大丈夫か見せてね」
「わかった」
 水咲の半裸姿を思い浮かべながらブラを着ると、興奮によって恥ずかしさが緩和された。少し手間取ることはあったが、問題なくブラを装着できた。
「回数を重ねればすぐ慣れそうだね。でも、服を着たにも関わらず、透視されて体を見られている気がしたよ」
「気のせいだ」
「そ、そうだよね」
 満面の笑顔で誤魔化す。伍良の勢いに押されて、水咲は微妙な顔で頷いた。

「ふぅ、全部試せたかな。これで選べそうだ」
 途中で妄想力が切れかけて辛くなったが、伍良は山盛りのブラの試着を終えた。やり遂げた気分で爽やかな顔になる。
「う、うん、良かったよ。でも、いきなり寒くなった気がするね。空調が効きすぎるのかな」
 隣を向くと、水咲は体を屈めて震えている。青白い顔で体を抱き締めていた。
「お主からずっと邪悪な気配が漂っておったぞ。水咲はそれに当てられたようだ」
 瑞穂が呆れた顔で原因を説明する。心当たりがありすぎて、伍良は焦った顔になった。
「うっ、慣れない試着を続けるには、努力が必要だったからさ」
「間違っている方向に頑張っている気がするぞ」
「なるべく気をつける」
 仕方なく瑞穂の意見を受け入れる。水咲がいる時はなるべく自重しよう。
「店員さんが空調を調整してくれたみたい。寒気がなくなったよ」
 伍良の試着が終わったので、水咲の顔色はましになっている。ふらふらしながら立っていた。
「下着は一週間分必要だね。どれを買うの?」
「ミサキチのアドバイスに従って、少しは飾り気のあるものも選ぶよ。ミサキチはどのブラが好きだった?」
 申し訳ない気分になったので、水咲の意見も取り入れることにした。一枚か二枚は可愛いものがあってもいいだろう。
「あたしはこれがいいかな」
「……ミサキチはセンスがあるよ」
「伍良君が気に入ったのなら嬉しいよ」
 言葉に詰まりそうになったが、伍良は笑顔を作って水咲を褒めた。手渡されたのは、レースで縁を飾られた水色のブラジャーだ。甘い匂いが香るような光沢をしている。
「あとはこれとこれかな」
「あ、ありがとう」
 買っていく下着の半分は可愛いデザインになりそうで、伍良は内心で溜息を吐いていた。
「どれも似合うではないか。早めに慣れることが肝要じゃ」
「他人事だと思って、好き勝手なことを言うなよ」
 面白くない忠告を聞かされて、伍良は小さな声で瑞穂に文句を言った。
「妾の本心じゃ。素直に諦めて、女の幸せを探すのも一つの道だと思うぞ」
「冗談。俺はサッカーを諦める気はないよ」
「そうか。伍良は思ったよりもましな人間だとわかったからな。傷口が浅いうちに受け入れた方が幸せかと思ったのじゃ」
 瑞穂の世話を焼いたことで、それなりの評価をしてくれたようだ。もっとも、余計なお世話というもので、女でいる気はない。
「では、伍良は修理を頑張るしかないな。神力が回復すれば、妾の体型は成長する。妾も一度はそのブラジャーとやらを着てみたいわ」
「俺にとっては面倒なだけなのになぁ」
 瑞穂は色々なブラジャーを試着する伍良が羨ましかったらしい。羨望の混じった目で伍良のブラ姿を見ていた。
「はぁ、ブラジャーの清算を済ませてくるか」
「伍良君、パンツを買うのを忘れているよ。だいたいはセットだけどね」
「そ、そうだったな」
 パンツを選ぶ手間は省けたが、ブラに気を取られて存在を忘れていた。女物のパンツを穿くことを思い出して、伍良は憂鬱な気分になる。ひとまずはブラジャーに慣れたので油断していた。
「瑞穂ちゃんと待っているね」
「あ、ああ」
 買った下着を持って一人で試着室に入る。水色のブラジャーを装着してから、ズボンとトランクスを脱いだ。しばらく男用が穿けないことを思うと、トランクスの感触が名残惜しい。
「……これを穿くのか」
 小さな布切れを手に握ったまま、伍良は複雑な顔で溜息を吐いた。穿くだけで難しくはないが、男としての心が損なわれる気がする。
「本当に尻が入るのか?」
 布地が限られていて頼りない気がした。鏡に映る尻は、桃のように丸く膨らんで意外と大きい。穿けるかどうか心配になった。
「やってみるしかないか」
 パンツを握り締めて悩んでいた伍良は、ようやくのろのろと足を通し始めた。柔らかい繊維が足をくすぐって、ぞわぞわとした感覚が這い登ってくる。慣れない感覚に尻込みしそうになった。
「うわぁ、落ち着かないな」
 パンツを穿き終わった伍良は、難しい顔で身震いした。柔らかくて薄い生地が、ぴったりと股間と尻に密着している。窮屈な感じはしないが、男の象徴がないことを如実に意識させられた。
「脱げそうになるよりはましか」
 強引に自分を納得させて、伍良はスポーツウェアを着た。下着姿が見えなくなると、多少は気分的にましになった。
「……お待たせ」
「次は服選びだね。伍良君は何を着せても似合いそうだなぁ。でも、フェミニンな方が向いているかな」
 冴えない顔で試着室から出ると、水咲が無慈悲なことを言う。死刑宣告を受けた罪人のような気分になった。
「……気が遠くなってきたな」
 服の必要性はわかっていても、帰りたくてたまらない。
「シフォンのワンピがいいかな。フリルブラウスなんかも伍良君には合いそう」
「お、俺がスカートを穿くのか」
 伍良は茫然と水咲の服選びを眺めていたが、スカートが選ばれるのを見て焦り出した。スカートを穿く姿なんて想像できない。
「女子力がアップすると思うよ。それに制服はスカートだよ」
「そ、そうだったな」
 私服でスカートを免れても、制服からは逃げようがない。伍良は魂が抜けそうな顔をした。
「な、なるべくならズボンがいい」
「もともと伍良君が持っているのはカジュアルパンツばかりでしょ。それじゃ駄目だよ。女の子らしさを磨かないとね」
「あ、ああ」
 親身になってくれる水咲に女らしさは必要ないとは言えず、伍良は曖昧に頷くしかなかった。
「はい、どうぞ」
「……ありがたくて涙が出そうだよ」
 彩り豊かで華やかな服を押しつけられた伍良は、頬を震わせて泣きそうな笑顔だった。笑顔を維持する努力が辛い。
「うぅむ、股間が頼りなくてふわふわする」
 試着室でワンピースを着た伍良は、スカートの裾から入る空気の流れに戸惑った。股間が無防備な気がする。激しく動いたら下着が見えそうだ。
「くっ、ふんわりとした雰囲気には馴染めないぞ」
 白い生地に浮かぶ花々を見て、伍良は窒息しそうな顔をしていた。鏡には甘ったるい雰囲気を漂わせた少女が立っている。可愛らしい姿なのが、脳の負担を大きくしていた。
「頭が痛くなりそうだ」
 女の格好を男の心が受け入れられなくて、額が熱くなっていた。
「男の子なら誰でも振り向きそうな格好だよ」
「伍良には女になる素質がありそうだ」
「褒め言葉には聞こえない……」
 一着ごとに気が遠くなりながらも、伍良は気力を振り絞って試着を続けた。精神が壊れてきて、虚ろな笑顔が浮かぶ。着せ替え人形になった気分だった。
「……ミサキチが気に入った服が俺もいいと思うよ」
 精神的な疲労で考える力がなかったので、伍良は水咲が褒めていた服を優先的に選んだ。かなり愛らしいものもあるが、恥ずかしいと思う余裕もない。
「やっと終わった……」
 私服と制服を買い終わった伍良は、疲労困憊で白い灰になりそうだった。新しく買ったワンピースと靴で着飾っている。恋する乙女のような格好だが、疲れ果てて他人の視線が気にならない。すぐに必要ない服は家に宅配してもらった。あとは水咲の買い物を終わらせるだけだ。

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子供の神様 (6)~(10)総集編 by.アイニス

(6)

「大儀じゃったな。次はお主の望んでいた女体じゃ。褒美として好きに触るが良い」
 体を洗うのは任せようと思ったが、瑞穂は踏ん反り返って座っていた。どうやら最後まで世話をしなければならないらしい。
「子供を触っても面白くないけどな」
「遠慮しなくていいぞ」
 小さく溜息を吐く。面倒だとは思ったが、これも女性に触れる機会の一つだろう。泡立たせたタオルで背中を擦りながら、ぺたぺたと瑞穂の体を撫でてみた。肉の薄い体ではあるが、女ということで多少は柔らかい。
「タオルで擦ると次々と垢が出てくるなぁ」
 薄汚れた肉が削れていくようで気味が悪い。背中や首、肩を順繰りに磨いていく。次はいよいよ胸だが、期待できる膨らみはない。まだ自分の胸を見た方が興奮できた。
「絶壁か」
「失礼な言葉が聞こえた気がするぞ」
 遠慮なく胸を撫で回したが、膨らみは乏しかった。触っていて悲しくなる。憐れみの目で瑞穂を見てしまった。
「女神の体を触れるとはお主は運が良いぞ。末代まで誇れるわ」
「瑞穂と関わったこと自体が俺の不運だよ」
 もごもごと口の中で呟く。貴重な体験かもしれないが、早く男に戻りたい。
 瑞穂の全身を洗い終わってシャワーをかけると、肌が漂白したように綺麗になっていた。新雪のような眩しさがある。見違えそうだった。
「見られる姿になったじゃないか」
 田んぼで遊んで泥塗れになったような姿が、見栄えのするものになっていた。これなら神の使いには見えるかもしれない。
「神々しかろう。さて、お主を見ていて、設備の使い方はわかったぞ。妾が手ずから洗ってやろう。光栄に思うが良い」
「う、うん、頼むよ」
 神様でも知らないものは試したいようだ。好奇心で目が輝いている。位置を入れ替えて伍良を座らせると、瑞穂はシャワーのボタンを押した。
「湯がすぐに出てくるとは、やはり便利じゃなぁ」
 髪をしっかりと濡らすと、瑞穂は丁寧に手を動かし始めた。変な洗い方をするかと警戒していたが、きちんと髪を洗っている。昨夜は寝汗が酷かったので、髪を洗い流されるとすっきりとした気分になった。
「妾の洗い方も様になっておるだろう。次は体も洗ってやる。感謝するといい」
「任せるよ」
 尊大な物言いに苦笑しながら、伍良は体も瑞穂に任せることにした。肩や背中をタオルで洗い終わると、瑞穂は体の前面を手で洗い始める。小さな手がちょこちょこ動いてくすぐったい。
「うっ、はぁ、体の前は自分で洗うよ」
「元は小僧だったと思えぬくらいに小娘の胸は大きいな。豊穣の力が作用した結果か。妾も昔は小娘より大きかったのだ。少し悔しいぞ」

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挿絵:菓子之助

「ちょっ、ちょっとそんなに揉むなよ」
「お主の背丈は縮んだというのに、胸は成長しておるな。忌々しい限りじゃ」
 腹を撫でていた瑞穂の手が胸に移っていた。泡塗れの手で乳房を揉むように触ってくる。どうやら瑞穂の胸より大きいのが気に入らないらしい。
「そんなことを言われても困る。俺が意識して大きくしたわけじゃないぞ」
「わかっておるが、力を使ったせいで妾の胸は縮んだのじゃ。胸の実りを奪われた気分だぞ」
「逆恨みもいいところだ。ひゃぅ、あふっ、変な気分になるからあまり触らないでくれよ」
「取り返したくもなるわ」
 恨みがましい目で瑞穂は伍良のおっぱいを揉みまくっている。柔肉を奪えないか画策しているようだ。伍良の乳房のサイズは平均的だと思うが、まるで胸がない瑞穂にとっては腹立たしいのだろう。
「こっ、こらっ、あぁん、んふぅ、くそっ、変な声が出そうになるぞ」
 胸肉を揉まれると感じたことのない熱が広がって、声帯が変な風に震えてしまう。今まで発したことのない悶えた声が漏れてしまった。耳に届いた声は伍良が出したとは思えない可愛らしいものだ。別人のような声を聞いて、羞恥心を刺激された伍良は頬を真っ赤にしていた。
「なんじゃ、感じておったのか」
「はっ、はぁ、そんなことはない」
 正面の鏡に映った顔は目が潤んでいる。羞恥に頬を染めた少女の姿は、保護欲を刺激する愛らしさだ。とても自分自身には見えない。
 瑞穂は手を止めてくれたが、胸には奇妙な熱が疼いていた。安心したのは確かだが、僅かに惜しいと思う気持ちもあった。得体の知れない気分になりそうで、伍良は大きく息を吐いて熱を放出していた。
「ふぅ、誰も見てないな」
 恥ずかしい声を聞かれたかと思ったが、幸いなことに気づいた人はいないようだ。女の子同士のちょっとした戯れだと思ってくれたのかもしれない。
「大衆がいる前でお主に喘がれても困るな。今は大人しく洗ってやろう」
「初めからそうしてくれよ」
 溜息に近いような声で頼んだ。瑞穂は悪戯をしなくなったが、股間を触られた時には赤面した。小さな指で割れ目を擦られただけで、背筋に震えが走って尻が浮きそうになる。変に敏感で息が熱くなりそうだ。
「これでよかろう。隅々まで綺麗にしたぞ」
「うん、ありがとう」
 体を洗ってもらうだけで、気疲れしてしまった。女の体に慣れる気がしない。
「いい湯加減じゃ。生き返るような気がするぞ。はぁ、極楽じゃなぁ」
「俺にとっては少し熱く思えるな」
 手足を伸ばして、瑞穂は湯を堪能していた。感嘆の声を漏らしながら、表情を緩めて幸せそうな顔をしている。久しぶりの入浴を楽しんでいるようだ。
 体が縮んだせいで伍良には少し湯が熱く思えた。熱の浸透が早いようで、すぐに体が茹だってしまう。長湯をしていると、頭がくらくらしそうだ。
「ふぅ、俺はもう出るよ。脱衣所で待っているから」
「早いのぉ。妾はしばらく湯を楽しんでおるぞ」
「別に急ぐ用事はないから、ゆっくりしていてよ」
 瑞穂を綺麗にするという目的は果たしたのだから、長湯までする必要はないだろう。小さな神様が喜んでいる姿を見ると、連れて来て良かったとは思う。
 伍良は先に浴室から出ると、脱衣所でスポーツウェアに着替えて待っていた。瑞穂の衣服の洗濯もそろそろ終わる頃だろう。
「湯に入るだけで気持ちが大らかになるな。さっぱりしたわ」
「……それはいいけど、少しは拭いてきてよ」
 びしょ濡れのまま瑞穂が浴室から出てきた。曲がりなりにも神様なので、人に世話をされて当然だったのだろう。手間のかかる子供を相手にしている気分で、伍良は瑞穂の体をタオルで拭いてやった。
「妾の衣服はどうしたのじゃ?」
「洗濯をしたよ。少しはましになったはずだ」
「ほぅ、奇妙な箱があるのぉ。人が洗うのではないのか」
 洗濯機をぺたぺたと触っているが、瑞穂には理解できないらしい。首を傾げてきょとんとしている。
「汚れが多少は取れて白くなったかな」
 洗濯機の蓋を開けて中を覗いてみる。黒く汚れていた貫頭衣は、かなり白さを取り戻しているようだ。
「ほら、綺麗になったよ」
「おおぅ、お?」
 白くなった衣服を見て喜んだ瑞穂だが、喜色を浮かべたのは一瞬だった。
「……白くなったのはいいが、ビリビリに破けておるではないか。この衣服にこだわるわけではないが、これでは外を歩けぬのぉ」
 あちこち破れた衣服を見て、瑞穂が微妙な顔で苦笑していた。もう衣服としての形を保っていない。
「うっ、洗濯機の回転に耐えられないほど繊維が脆くなっていたみたいだ」
「便利な機械じゃと思ったが、意外に駄目だのぉ」
「まさかここまでボロだとは思わなかった。浴衣でも借りてくるよ」
 受付のおばさんに頼んで、子供用の浴衣を貸してもらった。今日一日は貸してもらえることになったので、あとで服を買いに行く必要があるだろう。伍良の服も買う必要があるので手間ではないが、思わぬ出費になりそうだ。
「着心地は良いぞ。爽やかな気分じゃ」
 藍色の浴衣を着た瑞穂は、にこにこと笑顔を見せていた。我慢をしてボロ屑のような衣服を着ていたのだろう。無邪気な笑顔を見ていると、服の一つくらい買ってあげるのもいいかと思えてくる。まともな衣服を着ていると、瑞穂はそれなりに見栄えがしていた。汚れが落ちてみれば、可愛らしい顔立ちをしているのだ。
「それは借り物だから、これから服を買いに行こう。俺の服も買わないといけない」
「気に入ったのに残念じゃ」
「似たような浴衣はきっとあるよ」
 簡単な作りの質素な浴衣だが、瑞穂はかなり気に入ったらしい。神様といっても贅沢ではないようだ。

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子供の神様 (1)~(5)総集編 by.アイニス

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キャラクターデザイン&挿絵:菓子之助

(1)

 サッカー部に所属する仁田伍良は、部活動を終えて帰路を歩いていた。プロサッカー選手を目指す伍良は、帰りもリフティングをしながらだ。危なげない足さばきでボールをリズミカルに操っている。顔立ちが凛々しいこともあって、密かに女の子のファンも多い。だが、その表情は冴えなかった。
「少し寄り道をしていくか」
 歯をきつく噛み締めて、伍良は街の中心部に向かった。立ち寄ったのは、今にも崩れそうな神社だ。ここに祀られた神は、信仰されなくなって久しい。誰も手入れをする人間はおらず、膝の高さまで伸びた雑草が生い茂っている。神社を取り潰して、公園になることが決まっていた。
「忌々しいな」
 伍良は神社を睨みつけた。彼の父親は請負大工で、神社の撤去作業に参加していた。だが、不可解な事故があって、工事に参加した作業員は、怪我を負う羽目になった。父親は足の骨を折る重傷で、仕事ができないでいる。神社の敷地には、故障を起こした重機が置かれたままだ。
「神罰なんて俺は信じないぞ」
 祟りがあったと噂されて、工事は中止になっている。伍良は父親の仇とでもいうように、神社に向けてサッカーボールを蹴った。風を切って唸りを上げるボール。伍良は神社の一部でも壊してやろうと目論んだのだ。
「あれ?」
 怒りに目が曇って、神社をよく見てなかった。狙いを定めたところにボールは飛んだが、そこには空間が広がっているだけだ。神社の戸が開いていて、暗闇にボールが飛びこんでいく。誰も訪れる者がいない神社だ。まさか戸が開いているとは思わなかった。
「ぬわぁぁっ、いったぁぁっ!」
 神社の中にボールを取りに行こうと考えていた伍良は、鼓膜を裂くような大きな悲鳴に度肝を抜かれた。臆病ではない伍良だが、異様な叫び声に体が硬直する。女のような甲高い声だったが、猛獣のような呻きが含まれていた。本能的な恐怖を呼び覚まされたが、ボールは父親が買ってくれたものだ。そのまま放置はできない。
「……誰かいるのか?」
 恐る恐る暗い神社の中に足を踏み入れると、じたばたと小さな影がのた打ち回っていた。
「許さん、許さんぞ。祟ってやるぅ、呪ってやるぅ」
 金切り声で呪詛を唱えていたのは、小柄な女の子だった。まるで浮浪者のように薄汚い姿をしている。古代の人間のような簡素な服を着ていた。確か貫頭衣というはずだ。白かった生地は、垢と埃で茶色っぽくなっている。腰まで伸ばした髪は、手入れもされずにぼさぼさだ。女の子とは思えない酷い格好をしている。声をかけるのは躊躇われたが、どうやらボールは女の子に当たったらしい。
「あ、あの、大丈夫?」
「たわけっ! 大丈夫なわけがあるかぁ!」
 赤くなった女の子の顔には、くっきりとボールの跡が残っていた。少女は足音を響かせながら、恐ろしい剣幕で伍良に近づいてくる。拳をきつく握り締めていた。
「神の怒りを、ぐわあぁぁっ、あ、足がぁっ!」
 怒りに燃える少女が拳を振おうとした瞬間、老朽化に耐えられず床は踏み抜かれていた。足が折れたような鈍い音が響く。生々しい音を聞いて、伍良まで冷や汗が出てきた。女の子はあまりの痛みに声も出せないらしい。
「うううぅぅぅっ」
 鬼のような形相に伍良は震え上がった。女の子がしてはいけない表情をしている。床に深く足が突き刺さって動けないようだった。
「い、今のうちに逃げよう」
「くわぁぁっ、許さん! 呪ってやるぅ、祟ってやるぅ!」
 腰が抜けていたが、這うようにして逃げ出す。地獄の底から響くような声を出して、少女は伍良に向けて手を伸ばした。殺気に似たものを感じて、伍良の肌が粟立つ。禍々しい風が吹いて、黒い塊が伍良の背中を打ち抜いた。
「くはっ……」
 前のめりになって、息が止まる。全身に悪寒が走ったが、伍良は必死に足を動かした。体から大量に出た汗が冷たい。
「な、何だったのだろう……」
 神社からかなり離れて、ようやく息を整える。少女の鬼気迫る表情に怯えて、恥も外聞もなく逃げてしまった。小学生のように幼かったが、まさか女の浮浪者が住み着いているとは思わない。
「今日はもう疲れたな」
 サッカーボールを神社に忘れたことを思い出したが、取りに戻ろうという気力はなかった。体から寒気がする。今日は早めに風呂に入って寝た方が良さそうだ。
「ただいま」
「おかえりなさい」
 家に帰ると母親の作る夕飯の美味しそうな匂いがした。あの少女の顔を思い出す。家族はいないのだろうか。頬が痩せて健康状態は悪そうだった。空腹だと人は怒りやすくなる。明日は謝るついでに手土産を持参した方がいいかもしれない。
「ううっ、体が少し熱っぽい」
 部活動で汚れた体を洗おうと、伍良は脱衣所で裸になった。額を触った感じでは熱はないが、関節が熱を持って軋んでいる気がする。部活動に熱心なので、疲れが溜まっているのだろうか。明日は休日なので、伍良はゆっくり体を休めようと思った。
「手足がだるくて力が入らないな。心なしか腕が細く見えるよ」
 筋肉質で鍛えられた体が、いきなり痩せたように思えた。胸の辺りが熱を持っている。打撲して腫れたように胸の肉が疼いていた。
「日に焼けたのかな。肌が敏感になっている」
 力を入れて体を洗うと、軽い火傷をしたように皮膚が痛む。優しく皮膚の表面を撫でるだけにしたが、どうも体を洗ったという気がしなかった。
「調子が悪いな」
 ゆっくりと浴槽に浸かって疲れを取ろうと思ったが、熱が体に浸透するのが早い。これでも普段より湯の温度は低めにしたのだ。湯あたりしそうになって、伍良は早めに風呂から出た。
 母親が作ってくれた夕飯を見ても食欲がわかない。普段ならおかわりは余裕なのに、胃が食事を受けつけなかった。どうにか茶碗を空にしたが、吐き気がしてならない。
「今日はあまり食べないのね。大丈夫なの?」
「少し部活の疲れが出ただけだよ。寝れば治るさ」
 表情を取り繕って、母親には元気な顔を見せた。萎えている足を叩いて椅子から立ち上がる。歩くだけで眩暈がしていた。
「もう布団に入ろう」
 スポーツニュースを見てから寝ることが多いが、今日は起きているだけで気分がだるい。風呂から出たばかりなのに、脂汗で体が濡れていた。
「やけに縮こまって元気がないなぁ」
 寝る前にトイレに入ったが、股間は萎びて項垂れていた。腰に力を入れても、尿が水滴のようにしか出ない。小便を出し切ったつもりでも、残尿がトランクスを汚していた。金玉が鈍く痛むこともあって、すっきりとしなかった。
「はぁ、寝つけないな。体が熱い」
 寝れば楽になると思ったが、眠気がなかなか訪れない。口から吐く息が熱かった。寝返りを打とうと思っても、体が重くて動かない。
「ううっ、手足が痺れて重い。腹が痛くて死にそうだ」
 無数の寄生虫が内臓に巣食っているような気がした。腹の中を食い破られている気分だ。耐え難い痛みが無限に続く気がして、気持ちが沈んで心細くなってくる。伍良は切ない息を吐きながら、必死に耐え忍ぶしかなかった。

 明け方になって脳の神経が苦痛で焼き切れて、伍良は気絶するように眠った。呼吸は落ち着いている。息をするたびに規則正しく胸が揺れていた。夜通し続いた痛みが嘘だったように穏やかな顔をしている。
「うるさいなぁ。もう少し寝かしてくれよ」
 呑気な顔で寝ていた伍良だが、目覚まし時計の音で起こされた。今日は休みだが、学校に行く時と同じ起床時間だ。口の中で文句を呟きながら、目覚まし時計のベルを止めようと手を伸ばす。ただその手は空中を彷徨って、目覚まし時計を掴めなかった。
「おかしいなぁ。置く場所がいつもと違ったかな」
 目覚まし時計に手が届かないので、伍良は仕方なく起きることにした。目がしょぼしょぼする。口から大きな欠伸が出た。
「んっ?」
 いつもと同じ場所にある目覚まし時計を止めようとしたが、距離が遠く感じられた。体を乗り出さないと手が届かない。自分の体のはずなのに、違和感があった。体を伸ばした拍子に長く伸びた髪が肩を撫でる。散髪には行ったばかりのはずだ。
「……俺の手が小さく見える。む、胸が重たい気がするぞ」
 着慣れたパジャマがだぶだぶだった。胸に奇妙な重さを感じる。眠気はすっかり消し飛んでいた。心臓の鼓動がやけに早い。目の前の光景が信じられなかったが、思い切ってパジャマを脱ぎ捨ててみた。
「な、な、何だぁ! お、俺の胸におっぱいがあるぞ!」
 パジャマを脱いだ勢いで乳房が左右に揺れている。均整の取れた麗しい双乳が並んでいた。
「う、嘘だろ。ぐぎゃあぁっ!」
 目を疑う光景に伍良は焦っていた。思わず乳房を鷲掴みにしてしまう。強烈な痛みが胸を襲って、伍良は甲高い悲鳴を響かせる羽目になった。

20141202初出

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